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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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429. ここ掘れ 5

429. Dig it 5 


“我が狼…”


“とっても、あったかいです…”


ふかふかの毛皮にぴとりと額を当て、俺は夢見心地に目を細める。

到頭、我慢できませんでした。



ずっと待ってた。こんな瞬間を。

貴方の隣で、こうして一緒に眠る夜を。


どれだけ、ぐりぐりと押し当てても、唸り声一つ、上げないのですね。

だったら、もっと、甘えても、良いですか。


俺は益々大胆に、付け焼き刃の愛情表現を、彼にぶつけてみたりなどする。

口先を舌で舐め、そっと、マズルを大口で咥えて、甘噛みをしてみせても、貴方はちっとも、上唇に力を込めない。


“……!!”


それが、嬉しくって堪らなくて。尻尾を求愛のようにうねらせながら。

でも、それ以上の失礼にならないよう、そっと口を閉じて身を伏せ、もう一度貴方に身をぴったり寄せるのだ。



すると、貴方は、仕返しだとでも言うように、頭を私の首元の毛皮に横たえ、ずっしりと身を預けるような抱擁を下さるのです。


“あぁっ…はぁっ……”


興奮の余り、淫らな声が漏れてしまう。

どうしよう、気絶しそうだ。


貴方が、くぁぁと欠伸をして、ぱたんと口を閉じるところまで、背中を通して伝わってきます。

頬を毛皮に深々と埋められ、もう私は動けません。



自分からあんなことして、こんなことされるなんて。

まるで、仔狼の頃からずっと一緒に過ごした、仲良しの兄弟みたい。

私が弟で、Siriusは、いつも遊んでくれる、大好きなお兄さん。


自分が生まれた時に、こんな兄弟がいたらなあ。

貴方だけは、きっとあの場で、僕の味方だったんです。


…ああ、変な妄想なんかしちゃって、喉元が搔きむしりたい程に苦しい。





段々と、体の重みが透け、毛先の光を増していく貴方から目を瞑り、俺は必死に、目の前の現実にむしゃぶりついていた。


やだ、寝たくない。

もっと、もっと遊びたい。

貴方とお話がしたい。


行かないで、

わが狼。


でないと、これは夢だったんだって、私は目覚めにも疑い初めるでしょう。

残りの生を、きっと再び貴方とこうして過ごせる日々まで見る夢だとしか思わなくなる。

早く、醒めてほしい悪夢だと。




“ねえ、我が狼…”




今宵は、満月。


僕らの声が、響いても良いような、奇麗な夜です。


俺は、ずっとうずうずしていた。

貴方と私、どちらが先に、遠吠えをするのかなって。




もし、貴方が先にそうするのなら、

私はきっと、完璧に、後に続くでしょうし。

私が耐え切れずに、先走るのなら、

今度こそは、集大成。どうか貴方に聞き惚れてもらいたい。




でも、その前に、お話したいことが、あるのです。

貴方もそうなら、それは、幸せです。


“知りたいことが、あるのです…”


“聞いて、下さいますか?”




“何だ…主よ。”




“我が狼は…”


“Siriusは、私のこと、ずっと見ていたのですか?”


“…あの夜空の上から。”




“そうだな…”


“一部始終、とまでは行かぬが。ああ、聞こえておったとも。”


“ずっと、主が、空に向かって一匹、吠える声が…”


“…ずっとだ。”


“……。”


やっぱり、そうなんだ。

間違っていなかったんだ。貴方を、天の星と呼ぶことは。


それだけで、どれほど救われたか。

瞼がじんじんと疼いて、きっと俺は、貴方の一言一言に涙できる。




“何頁まで…読まれていたのです?”


“私の、物語を。”



“1頁も残らず、でしょうか…?”


そして、それと同時に、私は、私の生を、どれだけ覗かれていたのだろうと、知ってはならない興味が湧いた。

知りたいことは、山ほどあったから。

一つ、思い浮かべれば、連なって引きずり出されて止まらない。


“それは、我にとっても、与り知らぬことだ。”


“と、仰いますと…”


“少なくとも、主が食い尽くした骸に、我は居座って等おらぬと思うぞ。”


“主の供え物は、大層有難かったが、生憎、狩果から調子は窺えど、日ごろの悩みなどは聞いてやれなんだ。”


“そ、そうでしたか…”


じゃあ、お悩みの相談相手になって下さっていたとご存じなのですね?

赤面も甚だしく、面と向かってではなく、毛皮を触れ合った対話を促してくれた貴方に、唯々感謝するばかりです。


“だが時折…”


“時折、我とは、主であった。そうであろう?”


“だから、もしかすると、一度はすべてに目を通したことがあるのやも知れぬ。”


“…最初から、最後まで。”


“それを我は、今だけは忘れておる。”



そうだ。

貴方となることだけを目指して、私は貴方を受け入れようと頑張った。


何度かは、その瞬間を、貴方自身として、青い帳の中で味わえたのだと思いますが、

完全に、貴方となれた自覚があった、主体としての瞬間は、結局あれ一度きり。


Teusが、俺にくれた、あいつの命。


でも俺は、あの時、確かに他の誰かによって自分でありながら、誰かとしての生を追体験するような自省に促されなかった。

それは、そうするだけの侘しさが、戦いの最中に見いだせなかったからでは無い。

寧ろ、貴方やTeusとしての生の追跡者であどころか、主体者として初めからそこにいた。

既に体験済みで、それゆえ自己を形作っており、一々己の手掛かりとして確かめる必要のない生を、俺は縫い付けられていたのだ。


それを、今の私は、覚えていないのと同じ。

多分、貴方はそれと同じようなもどかしさを言いたい。




でも、そう。それだ。

それこそが、私が欲して堪らなかったものだ。




貴方を、喰らってまで。




貴方は、私に、色々なものを下さいました。

決して飽きることが無いほど、大きな大きな縄張りに、沢山の食糧。…すみません、私は、大喰らいが過ぎましたが。

それから、狼として生き抜くための知恵に、狩りの才能だって。


でも、ひとつだけ、与えて下さらなかったものがある。

貴方の生だ。


言うなれば、やはり本です。物語としての貴方。

生前の貴方が、どのように生きて来たかを、知りたかった。


私は、貴方と、貴方の友が残してくれた記録から、思いを巡らせることしか出来なかった、その関係を、知りたかった。


“どうして我が狼は、私に群れの記憶を受け継がせてくれなかったのです!?”






“……。”


“…それは、それは、簡単なことだ。”




“我が、それを隠し通せると、思い込んでいたからに過ぎぬ。”







“つまり…伝えたくは、無かった、と。”



“オ嬢は、成長すれば、決して、我のことを覚えておるまいと、思っておったのだ。”


“しかし、彼女もまた…父親に似たのであろうな。”





“それは…その…”


“あの男が…”


“Teusが…あそこまでお人好しだと、思わなかった、ということでしょうか?”







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