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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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429. ここ掘れ 4

429. Dig it 4 


私が思い描いた通りの世界。

我が狼が暮らすのに相応しい、何一つ不自由ない理想郷。

私が貴方を死後の世界で生かすのなら、こうでならねばならない。

そして、私もいずれ、立ち入ることを許してもらえる、貴方と私だけの縄張り。

そう克明に思い描いてきたつもりの夢なのに。

その癖、楽園(Zion)と呼ぶには余りにも簡素化し過ぎてしまっているように思った。

それはつまり、俺自身の想像力が、その方面に乏しいことの何よりの証左であるということである。




思えば、因循な私の貧しい発想とは、今に始まったことでは無かった。


あれは、俺の想像した、死では無い。


ようやく追いつきました。

怖かったです。貴方も、怖かったのですか?

そう言って、貴方の口先を舌で触れるような挨拶を、この土地でするのだと思っていた。


私の愛した、青い世界は閉じられ、白い毛皮の狼は売られ、


その残り滓がこれだ。

そこに貴方を待たせてしまって、申し訳ありません。




要は、殺風景である。

遠目に映る、岩だらけの尖塔は、海上に浮かぶ時よりも、遥かに人の絶えた寂れた古城として、俺に似つかわしいと媚びて来る。


Lyngvi島は、その点違った。

あれは俺から冬の季節を遠ざけ、これまでにない戒めで、俺を傷つけたが。

確かに色とりどりの世界を、来訪者の記憶に遡って与えて来た。

Teusが過ごしたと言う、ミッドガルドの港町リシャーダは、またヴェズーヴァには無い眩しい街並みを見せてくれた。


俺が仮住まいに選んだ、角岩の洞穴は、別段何処か、懐かしい景色を思わせることは無かったが、

もし俺に、はっきりとした望郷の意が込められていたのなら、或いは具現化した凍てつく北山の領地を手に入れることが出来たのかもしれない。

結局はこうして、灰にまみれた、薄汚れた白い冬に、身を委ねることになってしまった。



そこまで責任を感じることも無い、そう思うかもしれないが。

もう俺には、此処が、最期に貴方に会える世界そのものだと信じて疑うことが出来なくなっていた。


それだけ、俺はこの対話を、意味あるものして、これからの物語の糧として、縋りついていたかったのだ。





寒気とはまた違うが、俺は西風に、ぶるりと毛皮を震わせ、何者かからの視界を遮ってくれる遮蔽を身に纏いたくなった。


「……行く場所も、今のところは一本道。限られているようです。」


颯爽と、疎らで均一な群衆のように立ち並ぶ、一掴みの白樺林へと入り込んで行く。





トロットに、余計な力が混じるのは、自分の身体が強張っている証拠だ。

あいつの馬車馬となって間もない頃は、よくこんな、拭い難い違和感に苦しめられていたものだよな。

その目撃者が、自分の背中にいるか、それとも何処か分からぬ茂みに潜んでいるか、そこに違いはさして無いように思われた。


どちらも、一方的に俺のことを眺めている。

それが、俺に余計な所作を強いる共通点であるのに違いない。

誰かが、自分のことを、見てくれている。

その表情を窺い知ることが出来ない以上、俺は、どんな努力も怠ってはならず、それ故彼らを喜ばせようと疲弊するのだ。

尤も、直接見られようものなら、それどころか、それを演じることさえ拒否してしまうのだろうがな。







だが貴方は、その視座を、天に据えていない。

きっと、もうすぐそこにいる。




公園のような浅さの林を抜けると、岩がちで、より疎らな大木だけが目立つ、起伏の激しい風見が丘へと出た。

月灯りに磨かれたやせ地に、思わず雪原へと姿を変えた景色に佇む貴方を想像して目を閉じた。


「……?」


ほら、やっぱり、そこにいる。


気配は、まだ掴めていないのに、結論を急いで、そう確信しようとする。

何か直感を越えた、筋書き通りの予感として。

俺はもう、辺りをきょろきょろと見渡すに至るまで、答え合わせの段階に入っていたのだ。




「……!!」




心臓が跳ね上がり、危うく取り乱して、前脚を後ろに払い、後退りしそうになる。


「あ……う……」


思わず変な声が漏れた。



びっっくりした…



大木の影から覗かせる狼の眼差しに射竦められる。

こんな幸せな獲物の気分は無い。


気配を殺してしまえば、決して誰にも見つかることの無い、巧みな伏兵に様変わりだ。

おまけに、ある種、霊体としてこの世に君臨しているようですから。

恐らく、貴方の方から、そうして出来てくれないと、

私は永遠に、貴方の姿を目に留めることが出来なかったかも知れません。


「え、えっと…その、お待たせしてしまって、申し訳ございませ…ん…」


次の瞬間、水平に掲げられていた尾は忽ち垂れ、貴方から視線を逸らし、そう言い訳するのに必死だ。

待ち構える貴方への謁見を果たすのに、大扉を開く前で立ち尽くすような心の準備をさせて貰えると思ったのは、どうやら甘かったようです。


「こ、此処は……」




「Sirius……?」


ど、どうしたのです。

そんな、はしたない恰好で構えて。


前足を低く伸ばし、お尻を突き出して、尻尾をふりふりと魅惑的に振っている。




そして彼は、笑ってこう吠えかけるのだ。


“ウッフ……ウッフ…”




“捕まえてやるぞ。”






これって……




プレイバウだ…!!




そう理解するが否や、俺は視線を完全にSiriusから逸らし、見知らぬ方向一点を見つめて静止する。


どうしよう…どうしよう…

上手くできるかな…

やっぱり、容易く裏切って来ますよね。

幾ら心の準備をしたって、何の意味も無かったんだ。


しかし、そう思い詰める間も無く、

次の瞬間には、殆ど同時に、俺が来た道の方角へ、二匹は走り出していたのだ。


ザザザザザッ……


“ハァッ…ハァッ…ハァッ……フゥッ……!!”


いつぶりですか?

互いに、呼吸を切らすことなく舌を垂らし、走り回るのは。




貴方の靡かせる尾の毛先、ただその一点だけを見つめて、

追いかけ続けて来た、その背中。

今は、その逆の構図を取らされている。


それでも、先までのような呪縛から今だけは放たれていたのだ。

ガチガチに緊張して、動きがぎこちなくなるようなことはもう無かった。

本心から、遊んでいるという感覚に満たされていたから。


知悉した地形に走らせてもらえるようなライン取りも、

崖の淵を削るような、ぎりぎりのコーナーワークも要らない。

そうした時、力量の差は、意外とすぐに訪れる。


「…もうっ…追いつかれたっ…!!」


それなりに離れていた筈なのに、視界を飛ぶ林の中に、貴方の姿が白い影となって伸びる。


それから、互いに並走して、二匹は弧を描いて、来た道を戻り始めた。


いつ、との明確な区切りも無く、攻守は入れ替わる。

今度は、私が貴方を追いかける番。



「はぁっ…はぁっ…はぁっ……!!


ああ、こんなに、全力を振り絞って、筋肉を奮わせて、それでも追いつけぬ喜びがあっただろうか。

好きなだけ、こうして眼福な影を追って、走っていることを許されるなんて。


「はぁっ…はぁっ…ふぅっ…!!」






追いつけない…やっぱり、我が狼は、

速くて、カッコいいなあ。


ああ、貴方の尻尾が、離れていく。


「うぅっ……ふぅっ…くっ…んっ!!」”


遂に俺は、息を切らしてその場に立ち竦むと、

それからその場に、ぺたりと座り込んでしまった。




はっ…ぁぁっ…んはぁっ…うぁっ……




“どうした、主よ。”


“我を捕まえられぬが、そんなに悔しいことか?うん?”


“主が、そんなに飽きっぽい奴だとは、思わなんだ。”


“うぅっ……ぅぅ……”


“まあ、それも狼らしい成長の証よの。主はいつも、執拗に一匹を追いかけまわすような狩りであった…”


“うあぁっ…ふぇっ…うぁぁぁっ…”




“うあ゛あ゛あ゛あ゛ああああぁぁぁぁぁ……”




到頭俺は、大声をあげて、泣き叫んでしまったのだ。


“おお、おお…どうしたのだ、主よ…”


“何といじらしい…”


私の心情を飲み込めず、からかいの笑みを浮かべていた貴方は激しく狼狽えた様子で、私の口元に鼻先を宛がう。




“たっ…楽じぃよぅっ……”




“……?”


“たのじくってぇっ…うぇぇ……”


“ずっと…ずっとあなたにぃっ…こうやってぇっ…遊んで欲しかったぁぁっ…!!”


“ぼくはぁっ…ぼくは、あなたのっ…群れのっ…おおかみだからぁ……”


“やっと……やっとぉっ…仲間にいれでもらえたぁつ…うあ゛あ゛あ”あ……


“もっとぉ、遊んでくださぃぃ……”







“やれやれ…”


“我儘なやつだ。”



毛皮を摺り寄せ、私の涙が貴方を伝う。




“疲れて、主が眠ってしまうまで、いつまでも相手してやるとも。”





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