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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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428. 巣穴の探査 8

428. Lair Delve 8


お前に、人間という存在は必要ないと言いたいのではない。

寧ろ逆であることを、お前も初めから理解していることだろう。


俺の心は、あいつの言葉に揺り動かされた。


私のことをいつでも見守ってくれる、我が狼が語り掛けてくれたなら、また俺の進む道は変わって、お前と交わることも無かっただろうが。


織の中で一匹だった俺にとって、その中に自ら足を踏み入れるような勇気があった、あいつが。

Teusが全てだった。





少し、昔の話をさせてくれ。


ずっと、焦っていた。

あいつが俺の洞穴にやって来るまでの間。

お前も直に、結論を急がなくてはと考えるようになるだろう。

怪物という立場に嵌って抜け出せなくなる前に、覚悟を決めなくては、と。


ずっと考えていた。一匹で…。

そうは言いつつも、答えは、はっきりとしていたのだがな。


結論にだけ飛び付くのは、簡単だ。

問題なのは、どんなことが起ころうと、その決断を揺るがせぬ、理由。俺が従う原理。



尤も、俺が知っていたことと言えば、人が言うことを理解して…そう、お前のように、気が付けばそうだった。

しかしそれに加えて厄介であることは、自分の思いの丈を伝えることになんら問題もなかったこと、人と同じことが、自分に見えている限りは遜色なく出来るのに、外見は…。

狼と呼ばれるものだと言うこと。

それだけだった。


これだけのことからでも、明確な境界線は引けそうだと思って、あれこれ視点を加えるのは止めることだな。

欲しいのは、生物学だとか、行動心理学的な見地などでは無いのだから。


理由は執拗に求めるくせに、俺が、どう生きるのかが問題なのに、その文脈の中に自分自身がいないことが納得できなかったのだ。お前もそうだろう。独り善がりだろうが、自分が生きる中で一緒にいてくれる視点で、自分について考えるしかないと思った。



そして、その視点は結局俺であった。

俺の場合は。


そして外見からは狼だ、疑いようもない。…口さえ開かなければ、誰も俺から人間の特徴なんて見出さないだろう。でもそんなことはもう、たいして重要ではなくなった。

内側からは?…一匹で生きる以上、そのこと以外はどうでも良くなったのだ。どうしたって、俺が好んでヴァン川の水面を覗き込もうとしない限り、外側から見る必要がなかったから。


だから、俺がどう生きたいのかは、俺が決めることになるのだと思った。

…どう生きたいのか、そう考えている時点で、俺はどちらのようにも振舞えるのだと思ったが…そんな都合よくは行かなかったのだ。

先ほど話したように昔は、周りには人間しかいなくて、狼がどんな生き物であるかも、見聞でしか知り得なかった。…それなら、まあ人間のようにして周囲に溶け込んで生きられるのなら、周囲の目さえ気にしなければ、自分が目を向けさえしなければ…ちょっと特別な人間で良いのかな、ぐらいに思っていた。



だがすぐに、俺は、俺を見る目が、他の人間を見る目よりも怖くて恐ろしいことを、否応もなく理解させられた。



俺は俺を生み育てた両親にさえ見放された。…俺は群れから追放されたのだ。



ああ…そうだ。俺の両親とは、驚くことに、人間だったのだ。

神様、と言った方が良いのだろうな。

Teusと、何ら変わらない。あのような風貌の、優しい顔をした神様だったよ。

紹介してやるのは、御免だ。



それが何を意味するか、そればかりを考える十数年だった。



俺は人間じゃない。人として生きたいと思うことは、もうできまいと悟った。

だけど同時に、人ではないものが、人として生きることが出来ない理由も必要だったのだ。



それがなければ、俺はまだ…二人と…家族と一緒に、いられたはずだからだ…!!



これでようやく俺は、自分がようやく安心して座り込むことのできる結論に辿り着くことができた。


…俺が狼であるから拒絶された。だからもうあそこに居場所がないのだと気付いたのだ。

人ではなくて…なおかつ狼だったから。



それが、己を怪物と見做さずにいられる、唯一の道筋、一本の糸だった。



そうなれば、もう俺は狼として生きたいと思うことしかできなかった。

人である望みを絶たれた俺はもう、半ば逃げるようにして狼になろうとしたのだ。


それからだ。

出来る限り、伝説としてあの森に君臨した大狼の姿を手本にして生きようと決めたのは。



俺は狼だ。

狼だから、俺は人と生きられなかった。そう信じてきた。



だが時々、そうとさえ思えなくなるのだ。



今までずっと、俺が狼だからだと思って来たが。

もし俺が、怪物だからだったとしたら…?


そう揺らぐ。それも特別な危機感を持って。




「死にたい。」




そう囁く自らの声が無視できなくなったとき、俺はどのように死ぬか、雑音を伴うことなく、はっきりと覚悟を決める必要があると思い知らされたのだ。

もう、漫然と生きている間に、答えが見つかれば良いなどという怠惰は、許されていない。

早急に、答えを見つける必要があると。



どのようにして死ぬか、

それは、俺がどのように憎まれ、息絶えるか、そのものである。


それが、俺とは、どのような存在であったのかを確かめる、俺が読み返せる、ただ一つの手記となる。








俺を、狼として死なせて。

俺を、狼として、息絶えさせて。


どうか、お願いだから。

どうか。


戦いの果てにとか、

境目の無い、ゆっくりとした意識の途切れとか、

そんなものは、もうどうだって良い。




俺にとって、怪物となり得る危機が、迫っている。




Ska、俺はな。


本気で人を喰い殺そうかと考えていたのだ。




腹が減って、仕方がなかったのだ。

飢えに耐えきれず、変な気を起こしてやろうかとわざと鮮明に妄想を膨らませる自分に、半ば興奮していた。

そしてそれを抑え込める理性があることに、がっかりさえしていた。




信じ難いだろう?


笑わせてくれ。


俺にとって、怪物とは、人間を餌に出来る奴なんだよ。

そいつは人間では無くて。

そして俺が戒律として刻み続けてきた思い出がそうさせる、

狼の矜持から外れる者だったから。




最期に、人間を鱈腹喰べて、殺されようか。


本気で、その中立に飛び込んでしまおうかと。




俺は、俺のことを、怪物として死なせてやっても、良いのでは無いか?




もう、十分、狼らしく、足掻いただろう。




だから…だから…




「……。」




「そんな折に、あいつが来た。」



「ああ…良く晴れた、火曜日だったよ。」



あの、腹立たしい笑顔を絶やさぬ神様が。

こんなに苦しんでいる俺のことを見て、


会えて嬉しいなどと、右手を差し出し。

俺のことを、怪物を想起させるその名で呼ぶのだ。







「初めまして、フェンリスヴォルフ。とな。」








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