428. 巣穴の探査 6
428. Lair Delve 6
彼は嬉しそうに、そう独白を終えると、緊張が解けて押し寄せた眠気に耐え切れなくなったのか、ほっと息を吐き、それから身体をくるりと丸め、鼻先に丁寧に尾を被せて目を閉じた。
“……。”
一度だけ薄目を開き、うっとりと消えゆく火種を眺めると、すぐに微笑みを湛えた寝顔に戻る。
さあ、Fenrirさん。
Fenrirさんの番です。
そう促されているような気がして、俺は怖気づいてしまう。
彼を直視できず、視線も、尻尾も落としてしまう。
こんなの、幼子以来では、無いだろうか。
名前も知らない子供たちに、遊びに入れてと声をかけるような、決して実らぬ勇気を、試されている。
本音を吐露すれば、まさかお前と、こんな話をすることになるとは、思ってもみなかった。
狼であることについて、ならば、まだ良い。
寧ろ俺は、心から歓迎して、互いを褒め称え合うことに、何ら恥じらいを覚えなかっただろう。
そう思えるだけ、俺はまだましだ。
お前を友達だと言って、なんら躊躇わない。
“俺が…”
いいや、照れくさい。
いざ口を開こうとすれば、決して、面と向かってなど、できる筈も。
…だが、そこは、お互い同じ狼どうし。
少しはあいつより、話しやすいとは思っているのだ。
それだけは、信じてくれ。
“俺が…お前から、何も学ばずにいられたと思うか…?”
“……。”
Skaは、俺に独白の空気を保たせてくれた。
良かった、今は、お前の機知が本当に助かる。
“確かに…俺が本当に味わいたかった瞬間の数々とは。
本当は、
父さんや母さんと一緒に過ごす、
他愛の無い空想の数々だった。そう思う。“
“でもそんなの、できっこない。
幾ら我儘で、聞き分けの無い子供でも、それくらいは分かる。
あいつは、軽々と、きっとできる、などと、真っすぐな瞳と笑顔で、無責任に抜かして見せたけれど。
それを欲するべきでは無いと、諦めるぐらいの成長は、自分一匹でも出来たのだ。“
“だから、代わりに欲しいものを強請ることだって。
俺は良い仔だったから、それもしない。“
“俺は、願ってなどいなかった。”
“お前があいつと強引に押し寄せては見せびらかす、
群れとしての、家族。“
“妻の存在。”
“正直、それらを糞喰らえとさえ思った。”
“お前と、あいつだけで十分だった。
それだけで、俺の傷は癒えた。“
“そ、それどころか…それ以上は…俺がいっぱいいっぱいだったのだ。”
“人間に一人、狼に一匹で、もう限界。”
“…俺には、友達がいなかったから。”
“だから家族との愛を絶やさぬお前と、Freyaに心を砕くあいつに、心を搔き乱されるのが、苛立たしくて堪らなかった。”
“益々、俺はあの森から出まいと決心を固くした。
あいつらの勇気に気圧され、自らが必死に被ってきた皮を剥ぐまい、と。“
“なのに、どうして。
どうして、気付いたら、こんな目に遭わされてしまったのだ。“
“あいつのせいだ。
あいつが、お前の家族など、一緒に連れてくるから。“
“お前のせいだ。
お前のせいで俺は、お前の可愛い仔狼たちの格好の玩具にされる羽目になって。“
“そして、そして俺は…”
“俺はSiriusに、出会ってしまった。”
“俺のせいだ。”
“俺が、あの仔を愛しさえしなければ。
あの仔は、もっと自由に四肢を振るい、雪原を自由に駆け巡ることができたのに。“
“俺のせいだ。
俺が、あいつのことを、我が狼の御影に重ね合わせさえしなければ。
彼はもっと、自分自身を、俺からの期待を被ることなく、自由な狼の青春を謳歌できたのに。“
“お前と暮らす群れ仲間たちに、必死に媚びて、迎え入れられようとしなければ…!!”
“俺が、遠吠えの真似事なんかに耽った記憶を呼び起こし、加わってやろうなどと、馬鹿な考えを起こさなければ!”
“Teusが、ヴェズーヴァを治めるようになってから、不用意に、お前たちの根城に赴き、関係を築こうなどとしなければ!!”
“俺はTeusを止めるべきだった!!”
“大狼の意思を薄めず、繰り返される悲劇さえ超えて、狼たちと共に生きようとするあいつの意思など、あの場で踏み躙ってでも、諦めさせるべきだったのに!!”
“俺のせいだ。
迎えられて良い気になった俺が、俺が自分自身を、群れ仲間が慕う御影に、重ね合わせなどしなければ…!!“
“我が狼はあの時、来なかったかも知れない。”
“俺のせいだ。
俺は、Siriusを超えようと、本気で思ってしまった。“
“あれだけ…あれだけ、我が狼の劣等であり続けることを、悦んでいたのに!!”
“たった一度、人好しなあいつと、それ以上に人を愛した女神に与えられた奇跡で…!!”
“たった一度!
Siriusがあいつと起こしてしまった奇跡で…!!“
“俺は…Fenrirを、退治したんだ。”
“俺は、きちんと、あの方に席を譲り、負けていたはずなんだ。”
“俺が、勝っても、何の意味も無かったのに。”
“弱くなりたかった。”
“どうせ、俺の元を離れる運命ならば。”
“彼女に、真心を抱いたまま、ヴァン川を渡らせてやれば良かった。”
“…俺では、何の代わりにだって、なれやしない。”
“Ska、本当に済まない。
彼女を、あんな目に遭わせたのは、この俺だ。“
お前が正しい。
お前は、俺が目指すべき先生ではなかったよ。
お、俺が…
俺が、必死に認められようとしていたのが…
“お前たち狼だったことが…!!”
“こんなにも間違いだったんだ!!”
“うあ゛ぁっ…うぅっ……ごめんっ……ごめんなぁっ…すかぁっ…”
“俺はぁっ…おれ、わぁっ…あ゛あぁっ…おれは…だ、、めだったんだぁっ……”
“俺は、お前のような狼となるべきではなかったぁ゛ぁ゛っっ!!”




