428. 巣穴の探査 5
428. Lair Delve 5
吐きそうだ。
俺は、リンゴなんて、一個も喰ってないのに。
お前に全部、喰わせてやるつもりだったから。
“だ、誰だ…”
まさか。
まさかお前の口から、そんな言葉が出てくるだなんて。
“お前は、誰だっ…!?”
虚勢に満ちた吠え声が、洞穴の中に木魂し、消えていく。
いつしか雨は外の世界を完全に遮断するほどに降り頻る。それは、あの峠の夜を彷彿とさせる勢いだった。
“え……?”
“だから…”
“怪物なのかも、って…”
うぅ、と思わず呻き声が出た。
そんな、気安くお前の口から、そんな言葉が嘲るように吐かれるなど。
耐えがたい論理だ。
“違い…ましたか?”
駄目だ、お前だけは。
お前だけは、そんなことを考えちゃいけない。
それで少しは、大人びたつもりか?
だとしたら、変な憧れは止めることだ。
お前は、穢れを知らぬ純真無垢であらねば。
…それさえも、俺にだけ都合の良い、与えた役割であると、言うのか?
“あ、あ、あいつと……”
“Teusと…何の話をしたのだっ!?”
“……Fenrirさん…”
“はぁっ…はぁっ……あぁっ……”
あいつに、蛇の毒を飲み込まされた。
きっと、そうに違いない。
彼の口から吐き出される、自棄なる言葉の数々が、こいつを惑わせたのだ。
いつもそうだ。俺に似て、自分は苦しむべき存在であることを、その理由からしっかりと心得ていながら、その苦しみを躊躇なく垂れ流す胸糞の悪さにだけは自覚が無い。
俺も、お前も、そういう奴だ。
けど、お前が愚かで、馬鹿らしいほど人好しなのは、俺のそういうところだけは、何が何でも変えてやろうと、犠牲を顧みず行動するところだった。
他人ばかりに目がいけば、自分を見つめずに済む。そんな利他が透けた、老境に至ったお前の妄執に、付き合わされたのだ。
そうでなければ、
そんな、答え合わせのようなことを、こいつがする筈がない。
それも、こんな恍惚とした、眠たそうな表情で。
“そうそう、Teus様と言えば。”
“どうして、思い出してしまったのか。もう一つ、理由があると思うんです。”
足先を退屈そうに舐めるような、無垢なる仕草の一挙手一投足を、どうして今まで疑って来なかった。
やめろ。それらは既に、お前がいつものお前であると安心させる材料となり得ない。
“それは…”
“Teus様に、ちょっと…むかついたから、なんです。”
“内緒、ですよ?”
Skaはいたずらっぽく笑うと、それが、相手にとっても、笑える話に違いないと確信した、
まるで俺のように肥えた蔑みで、こう言ったのだ。
“僕のこと、いなくなって欲しいって。思ってます。”
“……??”
“あ、あいつが、そのようなことを、言ったのか…!?”
ほら、やっぱりそうだ。
あいつは、狂ってる。
まだ自分が自ら命を絶つことに、何か価値があると思い込んでいる。
“まさか…!”
“でも、そうなんだなって。そう思ってしまいました。”
“僕には、わかります。これでも僕は、FreyaさんとFenrirさんの次に、ずっと長く、お傍にいた狼です。”
“そんな予感が、余りにも恐ろしくて、もうとっくの昔に、受け入れてしまっているようなふりをしている。”
“すごい、ショックでした。”
“僕とFreyaさんを、ヴェズーヴァへ帰すとなった時に、言われたときよりも。”
“だから、寧ろ、面と向かって言われた方が良かった。”
“僕を捨てるって。”
“……。”
“でも、良いんです。”
“Teus様がどう思おうが、最期まで、僕は一緒にいますから。”
“もう、あんなご主人様。言うことなんて、聞くもんですか…!”
“…絶対に、一人になんか、させません。”
“たとえ僕らが散ってしまっても、それは…”
“それは、僕がTeus様のお傍にいることを、諦めることには、ならないんだ。”
“きっと、この世の果てで、また会える。”
“ば…馬鹿なことを抜かすなっ!!”
“お前まで、そんな妄言に捕らわれてはならないっ!!”
“お前には…お前には、帰るべき群れがあるだろうがっ!!”
“……どうしたんですか?Fenrirさん。”
“僕は別に、Teus様と一緒に今すぐ死んでしまおうって思ってる訳じゃ、ありませんよ?”
“っ…”
“Teus様と出会うまでは、そんなこと、考えたことも無かったけれど…”
“僕は、自分を、誰かにそうと見てもらえるような狼を目指していたんだなと、思っただけです。”
“それが、狼だと思ったから。”
“そうでないなら、僕は狼ではない。”
“別に、それが悲しいってほどじゃないんです。
ただ、成りたいものになれていなかったのに、今になって気が付いただけ。
それが、Teus様の期待を裏切ってしまったことの理由は、一体何だったんだろうって沢山考えて、ようやく理解できた。
それだけの話です。
でも、そうだとしても。
僕はやっぱりTeus様のお傍にいたいし。
それに関してだけは、Teus様の言うことを聞くつもりは無いってだけ。
そう思えただけでも、僕はこの孤島に連れて行って貰えて良かったです。“
“それに何より、僕は…”
“僕は憧れた貴方と、一部だけでも、同じになれた…どんな形であれ。”
“それが嬉しかったのかも知れない。”




