428. 巣穴の探査 4
428. Lair Delve 4
“師匠って言った方が、しっくり来るかも知れませんよね。”
それさえも、ちょっと違うのでしょうか。
我が狼、その言葉の響きに、どんな願いが込められているか。
僕には知る由もありません。
でも、それぐらい、全てだったんですよね?
他は何も、見えなくなってしまうくらいに、ずっと追い続けて。
その時が来たなら、Teus様とさえも、別れようとしていた。
そんな覚悟でいた。
僕が、Fenrirさんの狼らしい一部を形作ろうとする試みだったとするなら。
Siriusさんとは、貴方にとって、Siriusさん自身になろうとする試練。
僕は先生だと思ってもらう必要なんて無い。
貴方が歩く道の傍らに、立っていられたなら。
それがきっと、Fenrirさんにとって特別な思い出になる。
…でも、実際のところ、そうですよね?
Fenrirさんは、僕のことを、先生だなんて思ったことも、意識したことも無い。
それで、良いんです。
Teus様が、無意識に語り掛けて下さった、僕の役割。
押し付けられた、とは思っていなくて。
だってあの方自身ですら、気が付いてないかも知れない願いなんですから。
けれど、ずっと、Fenrirさんに、見られているんだと考えるようには、なりました。
Fenrirさんは、僕が、頑張って格好良い狼であろうともがいていたこと、知っていたのでしょうか?
優しいから、笑わずにいたのでしょうか?
僕なんて、何の参考にもならないのに。
初めから、目指すべき狼の姿は、はっきりと見えていて。
僕なんて、視界の端にも入らない。
でも、僕は、Siriusさんのことを知るまでは、本当に、Fenrirさんの何かを、変えられると思っていたんだ。
僕は、Siriusさんのこと、よく知りません。
Yonahの、本当のお嫁さんだってことも、未だに受け入れられてないし。
なんなら、やっぱりまだちょっと、苦手です。
Teus様が、Fenrirさんになって欲しかった狼と、
Fenrirさんが、ならなくてはと必死に追いかけた狼は、
違ったのでしょうか?
それだけが、気がかりでいます。
“…僕なりに、少し、狼について考えていました。”
Fenrirさんを、人間から遠ざけるもの。
それがはじまりだったって、Teus様はそんなことを話していました。
僕には、理解するのが、少し難しすぎました。
それでも良かった。
僕が憧れた狼とは、Fenrirさん自身であったのなら。
僕が貴方を導くような意識は、本来あってはならないことのようにも思えました。
けれども、もしFenrirさんに教えてあげられることがあったとするならば。
それはまさにこれだ。
こんな瞬間。
僕らの対話。
一匹同士、群れ同士の、違いますか?
もっと意識されない、瞬く間に意識から消えていく、一分一秒の触れ合い。
それが、Fenrirさんを僕が狼たらしめるものだ。
ずっと、一匹だったと、聞きました。
Fenrirさんのその縄張りを、広げること。
それが、僕の使命。
人間には、できないこと、なんですよね?
Fenrirさんは、Teus様以外の人間に、決して会おうとしなかったから。
一人と一人の、それも、わかりきった対話にしかならなかった。
そしてそれは、Siriusさんにも成しえなかったことだと思っています。
何も言わずにいました。
Fenrirさんが、Siriusさんと広げてきた対話とは、
貴方の内側との対話であると言うと、Fenrirさんは怒ってしまいますよね。
でも、貴方が追い求めていた狼の影は、この世界には、もういません。
僕がTeus様に話しかけるように、Teus様が僕の群れ仲間に話しかけるように。
それとは、ちょっと違うのかな。
でも、こんな感じで僕らが会話をするようには、行かなかったはずです。
一方通行の連続で、だからもどかしかったと思います。
気持ちがわかるなんて言うつもりは、無いです。
僕は、先に死んでしまった狼が、思わず傍らにいると思って喋りかけてしまうようなことを、思えばしてきませんでした。
長老様さえ、亡くなられたことを受け入れられないまでも、どこかに探しに行くような勇気も湧いてこなかった。
代わりに、Teus様がお傍にいてくれたからでも、僕が、長老様を慕っていても、憧れこそ持たなかったからかも知れませんが、とにかくそうだったんです。
なので…そうですね。
初めてSiriusさんの姿を目にしたとき。
絶望さえしました。
素晴らしい、狼さんだと思います。Fenrirさんみたいに、カッコ良くて、
そして僕が引き継いだ、嘗ての群れの長だと言うんだから。
僕が敵うはずもない。
この島での、たった数日ですが、
それは、もっと苦しかったです。
あの方に向かて、本音をぶつけることが…
思い出しただけで、尻尾が潰れそうになってしまいます。
ねえ、Fenrirさん。
ちゃんと、僕は、この島から離れると共に、Siriusさんの姿を感じずにいられるんですよね?
僕、すっごく不安なんです。
Fenrirさんは、ずっとSiriusさんと一緒にいたいと思っていらっしゃる。
それは勿論、分かっているんです。だから、それはごめんなさい。
でも、もしSiriusさんが、ヴェズーヴァでも、まだ貴方と一緒に対話を続けるような奇跡が許されてしまうのなら、僕は正直、耐えきれません。
そんなことは、起こりえないのは、知っています。
Siriusさんがこの世界で生き永らえるには、その依代が必要だと仰っていました。
もうすぐ命が尽きるから、Freyaさんは、Siriusさんを呼べた。
Teus様が、まさか命を燃やすはずがない。
少なくとも僕が死ぬまで、絶対にTeus様が、Siriusさんに喰べられることなんてあり得ません。
僕がFenrirさんみたいに強かったら、牙を剥いて、追い返してやるのに。
…結局、僕らは同じだったんだと、気付かされてしまったんです。
それが、頭では理解できているのですけれど、
悔しいというか、じゃあ、どうして僕だったんだろうって考えてしまって。
ずっと、気分が灰に覆われたように晴れない。
思えば僕とSiriusさんの違いって、何だったのでしょう。
同じ、Fenrirさんのお友達なはずなのに。
時代を超えて、Yonahの伴侶として、与えられた役割も、同じだ。
貴方に齎した対話さえも。
今やこうして、奇跡に祝福されて。
同じ結末を辿ろうとしている。
絆とか、友達とか、そうしたことを教えられるのが、僕だけなんだっていう。
物語の主人公に手を差し伸べるような存在意義を無茶苦茶に踏みにじられたような。
そんな敗北感だけが。
逆に言えば、それだけが、唯一僕を、Fenrirさん、貴方に見てほしい狼たらしめていたのに。
僕は、Fenrirさんが狼へ近づいていくにつれ。
どうやら僕は、狼ではなくなってしまっているようなんです。
これが……’怪物’、ですか?




