428. 巣穴の探査 3
428. Lair Delve 3
“……すまない。Ska。”
“本当に、お前には、迷惑をかけたな……”
“どうして、Teus様と同じ言葉を、僕にかけるんです?”
“何……?”
“僕、一度も皆さんに、迷惑をかけてもらった覚えなんて無いのに。”
“それどころか、こんなに沢山、愛して貰いました。”
こんなにです。そう表現するのに、どうしてお前はリンゴでいっぱいに膨れた腹を見せて、ごろんと転がるのが良いと考えるのだろう。
俺が、その甘酸っぱい匂いを放つ柔らかな毛皮に、誘惑されるとでも思ったのだろうか。
“それに、FenrirさんもTeus様も、揃いもそろって、こう言うんだ。”
“僕に、ごめんなさいって。”
“ありがとうって、いつも言ってくれるのに。”
“……。”
そこで、ぐいと、悲しみに引き込まれてしまったのだ。
Skaが抱えている不満というか、いや、そうじゃない。
もっと、ずっしりとした、お前の口から漏らされるには、余りにも悍ましいものだ。
そんな予感が、ちらとでもするような、冷笑。
“…変なFenrirさん。”
“僕のこと、送って行って下さるって、言ったじゃないですか。”
Skaは次の瞬間、不自然な微笑みを湛えて、うっとりと焚火のぬくもりに瞳を揺らめかせる。
“ま、真面目に受け取ってなど、いるものか。”
俺は、どうしてか自分が漏らしてしまった矛盾を弁明しようと、枯れた笑い声を無理に漏らす。
“…本当に、俺なんかに、そんなことをして欲しかったのか?”
“お前が眠ってしまったなら、こっそり返してやるつもりだった。”
“そう、ですね……”
“どうして、こんなに眠たいんでしょう…”
ひどいです、Fenrirさんの嘘つき。
そう食って掛かるかと思いきや、彼は今にも静かに瞼を閉じそうだ。
“おかしいなあ、あんなにいっぱい、お昼寝したのに…”
“お前も、疲れているんだろう。よく、Teusのことを付きっ切りで見守ってくれた。”
“…あ、そうだ。そうでした…”
“うん……?”
“僕、夜通しTeus様と、お話してたんでしたっけ。”
“変なのは、僕の方でしたね。すっかり、忘れてしまってました。”
“道理で、あくびが……とまら……ふぁい……”
……。
移りそうで、喉と顎の間の辺りが、むずむずする。
“そうか、それは大変だったな。お前はお前で、話を済ませた後だったのか。”
“はい…と言っても、僕はずっと聞く側の耳だったんですけど。”
“ええ。Teus様が、ずっと僕のこと撫でながら、話しかけてくださいました。”
“何だか、懐かしかったなあ…”
“それは至って、いつものことのように聞こえるが?”
どんな話をしたのかまでは、決して詮索するまい。そう固く心に誓いながらも、俺はSkaが却って口を開きやすい相槌を打ってしまう。
“違うんです。ちょっと、あの日の夜に、似ていたから。”
“それは特別なことだ。せいぜい、お前とご主人様との秘密に…”
“幻の月が、夜空を不敵に走っていた日。”
……?
“だから、あの日にTeus様がお話していたこと、僕は思い出していました。”
そんな、遠い昔のある日のことを。
やはり、今宵のお前は、少し、いやだいぶ、様子がおかしい。
“Ska……?”
まるで誰かに、憑かれたようだ。
“覚えていますよ。”
“Teus様が、どうして僕を、貴方に会わせようと思ったのか。”
“どうして、僕が、Fenrirさんとお友達になれたのか。”
“それを教えて下さったんです。”
“そ、それは……?”
ま、待ってくれ。余りにも唐突だ。
一体、いつの話だ。いつの間に、あいつはSkaにそんな話を?
それ以上に、お前はそんなことを、俺に話して、一体何になると思って…
“僕が、貴方を狼に出来るんだって。”
“……??”
“い、今……なんと……”
突然、雨の音が聞こえだした。
今までと、何ら変わらず、降っていたはずなのに。
俺はそこで、夢見心地な撫で合いが、十分に済んでしまったことを悟ったのだ。
“Fenrirさんが狼になる為に、先生が、必要なんだって。”
“それだけは、自分にはできなかったこと。”
“そう、長は仰っていました。”
“……。”
“僕が、Fenrirさんの先生になるって、とってもおかしな話です。”
“貴方には、何一つだって敵わないのに。”
“足の速さも、耳と鼻の良さも。遠吠えのカッコよさも。知ってる人間の言葉の数も。Teus様を救える瀬戸際の勇気も、全部。”
“…でも同時に、誇らしくもあった。”
“僕でも、尻尾を高々と上げて、Fenrirさんに教えられることが、あるんだって。”
“僕でも、もしかしたら、本当にFenrirさんと、お友達になれるかもって!”
“だから、飛び上がるぐらい喜んじゃったなあ。Fenrirさんに、僕が狼であること、認めてもらえた時!”
“僕でも、僕でも…もう、毛皮が全部、飛んでっちゃうぐらい。”
……。
“よーし、今日からは、僕がFenrirさんの先生に、なってやるぞ。”
“そうは言っても、Fenrirさんに対して、あんまり得意になった記憶無いんですけどね。”
“うん、でも少しは、あるのかな…”
“毛繕いのやり方や、遠吠えの合わせ方とか?…あ、あと、Teus様の顔の舐め方でしたっけ?”
“そ、それは…”
“でも、僕はあれから、ずっとFenrirさんに、見られること、意識して過ごしてきました。”
“僕を見て、Fenrirさんは、本当の狼になるんだって。”
“そう…僕は、Fenrirさんには、狼になって欲しかったから。”
“僕の思う、優しい狼に。”
“多分それは、貴方の理想とする狼とは、だいぶ、かけ離れていたのだろうけれど。”
“そうと知ったのは、それからもっと、後のことでした。”
“…Fenrirさんには、もう一匹、先生がいたこと。”




