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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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426. 下層の座 3 

426. Trenchpost 3


「君の方こそ、一体どうして。」


「どうして、そんな取引に、応じたのさ。」


自分でも、意地悪な、賢狼を詰りたい、屁理屈だと思った。

俺はどうしても、君のことを、同類と扱いたいらしい。


一緒に泣いてくれる誰かが欲しかった。

初めからそう素直に弱さを曝け出せば、幾らか心温まる対話を君とも交わすことが出来たのかな。


「強制力を持つようなやり取り、契約では、決して無かったはずだろう?」


「喰らうか、どうかは、君の腹が決めることなのだから。」


君が、ヘレナに与えられた使命とは、死神と呼ぶべきものではない。そうだろう?


「……。」




「そこには、君なりの、娘への尊重があったんじゃないのかい?」


Siriusの無表情な反応に、俺は答えに窮させたという、謎の達成感を覚える。


我ながら、痛いところを突く。

正しさなど、最早何の意味も為さないのに。


「…主は、何も分かっておらぬ。」


「彼女の愛が、果たして主のそれと釣り合ったものと言えたか、甚だ疑問だ。」


「それは、初めからずっと、そして最後まで、拭えなかったよ。」




「内心、ふざけるなと、噛みついてやりたかった。」


「この戯けが。やはり我のことなど…」


そこまで言いかけて、ゆるゆると頭を振ると、仔をあやすのに疲れた親狼のように腰を降ろす。


「…噛みつくと言っても、仔狼を窘めるような、警告のそれではない。」


彼はまるでFenrirのような弁明で話の腰を自ら折ると、ボロ雑巾のように水溜りの上に広がった狼の身体をひょいと拾い上げる。


灰塗れのテラスの上に彼を横たえさせると、それはちょうど、暑さに辟易として、全身で冷たい床の心地よさを味わう為に四肢を投げ出す、周りに信頼できる仲間しかいないときの、安心しきった寝相だった。

けれど、俺の右手の、ちょうど届かない距離に。



「どいつもこいつも、お人好しが過ぎるのだ。」



「……。」


Siriusは、仔狼の無邪気さを憂うような嘆息では無く、己の主張を声高に叫ぶような覇気でそう吠えた。

早朝の寂静を裂くような一喝には、彼よりも目が醒める厳つさがあって、俺は開きかけた口を瞑る。



「…主も、あの老い耄れも。そうやって、美しい心を宿した雌狼をたぶらかす。」



「我は、彼女らに、そう言って聞かせなければならなかった。」


「だのに、我はまたも、その機会をみすみす逃してしまったのだ。」


「そう、教え込んでやるとすれば、もっと、昔に、そうするべきであった。」


「我は、彼女を、神々の里(ヴァナヘイム)に帰さぬことも、選べた。」


「Freyaを、人間とさせてやりたくなかったのだ。」


「我は、主のような神様が、嫌いだからだ。」




「しかし、我はそうしなかった。」


「あの時の決断を、恨むより他あるまい。」


「どうして、そうしなかったのか。それを主なんぞに、嘆くことはしないが。」


「彼女の考えを曲げさせることは、我が初めにそう決断した己自身に、納得の行く説明が出来なければ、そうすべきではないと、考えたのだ。」




「…信じてくれたって、こと?」


「ふふっ…んくく…」


ぎらつく瞳に、彼らしさを、Fenrirとは違うと、分からせてくれる光を見る。


「馬鹿なことを言うな。」


「主の頭は、とっくの昔に惚けてしまっているようだの。在奴の言っておった通りだ。」


「Fenrirのやつ…」


後で、問い詰めてやらなきゃ。

きっと、自分の素直な印象の一切を、我が狼に嬉々として報告しているに違ない。


「主よ、勘違いするな。」


「我が、我に、彼女を狼とする資格が無いと、悟ったからに過ぎぬ。」


「どのように、詰って貰っても構わぬ。」


「我は、彼女を捨てた。」




「…我では、抱えきれなかったから。それだけのことだ。」




「主らの下で、暮らさせる方が、まだ幸せだと思ったから。」




「それを、狼との信頼とでも捉えたいのなら、そうしていれば良い。」




「…主は、どうせそれさえ、踏み躙る。」







「…そう。」




「わかった、ありがとう。」




「だったら、俺の単なる勘違いだった。謝るよ。」




「ヴェズーヴァには、確かに、誰かが…」


「狼と、人間が暮らしていたような豊かさがあるなと、感じたものだから。」



「…どういう、意味だ。」



「とても、一人の人間が喰い殺されて、それで捨て置かれたような跡地には、見えなかったから。」


「それぐらい、俺とFenrirは、素晴らしい時間を、あの土地で過ごしたんだよ。」


「……。」


「彼から、何も聞いては、いないのかい?」


「彼のこと、ずっと見守ってくれていたんじゃないのかい?」


「彼の中に…ずっと…!」




「どういう意味だと、聞いておるのだっ!」




「これは、夢の続き。」


「まるで、君とあの人が、生きているみたいなんだと。」


「…そう、思っただけ。」




「それが、継ぐ側が、生かそうとするのに必死だった俺達が、どうにか拠り所にしてきた神話。」


我が狼の(Ulves)伝説(Saga)。」




「でも、言われてみれば、確かにそうだ。Fenrir自身が、そう言っていたもの。」


「あの土地は、狼から逃げ続ける。」


「でも最後には耐えきれず、俺の方から、尻尾を巻いてしまったと言うのは、お笑いだけど。」




「誰かと暮らせるような筈が無い。」




「たとえ、君と彼女であっても、」




「もう良い。ごめんね。変なことを聞いた。」




「確かに、あそこから、甘い匂いは、もうしない。」




「……。」


「…ああ。」




「そうであろうとも。主よ。」





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