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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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426. 下層の座 2 

426. Trenchpost 2


「がっかりだ…」


「俺を迎えに来てくれた訳では、無さそうだね。」


君の方から、逢いに来てくれるものだから。

ちょっぴり期待してしまったよ。


「でも、ありがとう。Skaを連れて帰って来てくれて。」


やっぱり、君たちの元へ向かっていたんだね。

俺のせいで、面倒をかけてしまって、申し訳ない。


「ごめんね。今、玄関を開けるから…」


「…言った筈であるぞ。」


眉間に寄せられた皺から察するに、俺に軽々しい口の利き方を許したくないらしい。

Siriusは嘲りよりも、一層強い憎しみを込めて、俺のことを蔑んだ。


「我は、主のような穢れた魂を、オ嬢の世界へ迎え入れるつもりは毛頭無いと。」


「あっ、そう…」


「そう…そうだったね。」


自分の悪い癖。

厄介な相手だと思うと、どうしても過剰に、にこやかに接してしまおうとする。

それが、とりわけ彼のような賢狼にとっては、非常に不快に映るのだ。


「嘘つきで、その癖、正義感が強く、その場凌ぎの勇気と、決して見放されぬことの無かった幸運の寵愛の加護の下で、のうのうと生き永らえてきた主は、きっとヘルヘイムを貶め、真の意味で地獄に変える。」


「主の吐く息は、臭いのだ。とても嗅ぐに堪えぬ。」


「あはは、酷い言われようだ…。」


苦笑いで、流そうとするも、彼は扉の前に立ちはだかったまま、俺が中に入ることさえ察した態度を示さない。



ああ、この場で、話したいんだね。

いいよ、雨も耐えてくれそうだし。


「まあ、立ち話も何だから、座ってよ…」


テラスは灰を被ってしまって、腰を掛けるのも躊躇われたが、

長話は足腰に応えそうだったので、構わず足を宙ぶらりんにして、濡れた縁に尻をつけた。



Siriusは、Skaを何処に降ろしたものかと視線を散らすも、置き場も無いし、いつでも自分のことを威圧的に見降ろせる方が良いと思ったのか、結局その場に立ち尽くしてしまった。


まあ、それで構わない。

Fenrirも、考えを纏めたいと思った時は、立って辺りをうろうろ歩くのが良いと話していたのを覚えている。


「でも、そう思うのなら、どうして俺を、その本当の意味での地獄とやらに、堕としてくれないの?」


「俺だったら、黙って放っておいても、飛び降りるんじゃないかなって。君ぐらい頭の切れる狼なら、容易くそんな結論に辿り着くと思ったんだけど。」


「あの、‘老い耄れ’たち、みたいに。」




「…戯けたことを抜かす。」


「そうと分かっていて、何故、オ嬢への謁見を果たしたがると言うのかね。」


「別に、逢いたい人がいるとも、思ってないさ。」


「彼女に父親は、必要ない。」


「家族は、一人でも多ければ、それが彼女の幸福となろう。しかし、毒親は別だ。主が、彼女を苦しめることは、火を見るよりも明らかなことよ。」


「純朴な故に、我の進言さえも、オ嬢は聞き入れぬやも知れぬ。主のそんな期待が、厄介極まりない。」


「別に、そんな期待を孕んで、そう言っている訳じゃない。」




「それにしても、心外だ。まるで、俺の本質が、悪人だって言っているようなものじゃないか。」


「ふむ、初めからそう罵っているつもりだが。」


「なるほど、主は狼に勝るとも劣らず、嘘を吐き、暴利を貪る、狡猾な獣であったと。」


「…やっぱり、君か。Fenrirに悪知恵を入れ込んだのは。」


「ええい、口の減らぬ奴だ…あやつもさぞかし、苦労させられたろう。」


「だと思うよ。」





「でも君に、そう言われる筋合いがあるとは思わなかった。そう言いたかっただけだ。」


「なに…?」


人が一人、捉えられてしまうほどの大きな瞳が、ぎょろりと揺らいで俺を捉える。


「本音を言うと、ある種、仲間意識があったものだから。」


Siriusは、一瞬、ぽかんと口を開くと、口元に咥えていた、自らの末裔を取り落としてしまう。

ぺしゃん、と汚い音とともにSkaの身体が、泥の水溜りへ俯せのまま落ちるが、彼はぴくりとも動かない。

狩られ無造作に捨て置かれたような、異様な生気の無さだった。


「…我もまた、妻を知らず知らずのうちに、苦しめていた哀れな雄狼であったと言いたいのかっ……!?」


グルルルルゥゥゥゥッ


Fenrirのそれよりも、数段凄味があって、恐らくどんな狼でも、Fenrir自身であっても、尻尾を股に挟んで、怯えた耳を寝かせるだろう。

しかし、虚勢であると言わざるを得ない。

本気の怒りを剥き出しにするとき、彼は人間の言葉に努めて頼ろうとするのを、俺は知っている。


「ごめん。俺はそんなことを言いたいんじゃない。」


「確かに、俺は、Freyaのこと、苦しめてばかりだった。」


「…それは、否定のしようがない。」



「父親である君にとって、それが何よりも許せないのは、幾ら冷血な神様だって、わかることだ。」


「……。」




「…主が、彼女を幸せにしなかったとは言わぬ。」


「俺だって、君が迎えに来るのを、彼女はきっと待っていたと思っているよ。」




「……。」


「Freyaは、主に幸せにして貰えたと、その一点に関しては、礼を尽くして足りない。」


「良いよ、今更そんな、埋め合わせようとしなくたって。」


「しかし、もっと幸せにできたはずだ。」


「……。」




「どうして、あんな死を、選ばせてやる必要があった。」


「我なぞと、契約を結ぶに至る必要が、何処にあったと言うのか。」




「面喰らっちゃうな。単刀直入にも、程がある。」


「主なんぞと、与太話をする程、我も落魄れてはおらん。」


「地獄で、ゆっくり、という訳には行かないの?」




「まだ、未練がましく。」


「ごめん、口を慎むよ。」




「……どうなんだろう。」



「ずっと、そのことだけ、考えてきたつもりなんだけれど。」


「答えが出ていないのでは、向き合えていないのと同じ、だよね。」




「こう言うと、とても薄情に聞こえるかも知れないけどさ。」


「俺は、最期まで彼女の意志を尊重したかったんだ。」



「…いや、違う。のかな。」



「少しでも、Freyaの決断に、反対しようものなら、その場から自分が、逃げだしてしまいそうだったから。」


「ずっと、怖かった。もう彼女との日々を一日でも多く胸に抱えきれないって、ずっと思っていて、何度も本気で諦めかけた。」


「とにかく、肯定しなくてはと必死だったんだ。それが死に逝く者の定めであると思わされたから。」


「ちょっとでも、彼女とのやり取りに心を乱して、その一日を、彼女に涙を流させるような、重みのあるものにしてしまえば。」


「折角、両手にどうにか抱えてきた、それらしい日々と一緒に、全部投げ出していたと思う。」



「俺が、笑顔で彼女の勇気に頷いて、背中を押してあげたのは、俺が、彼女の余生を、水で薄めたような笑いで、伸ばし続けたかったからなんかじゃない。」



「俺は意気地なしだけど、当たり障りの無い日々が終わる瞬間を、延々と先延ばしにしたかったからじゃない。」


「だから俺が、君が一匹にさせられる、あの瞬間を遅らせようとしたのは。」


「間違いだったとさえ、思っている……」






「それでも、結局、結末は変わらないようだしね。」


「あんな風に、生き生きと、死に向かって行きたいと言う。」



「そんな妻を、最期まで看取る。それが、君との約束だったから。」




「頭がおかしくなりそうだった。」


「でも、逃げなかった。」




「彼女を、主人公としてあげられた。」




「……今は、そう思うことにしている。」





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