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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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325. 腐食の雨 3

325. Caustic Rain 3


結局、僕が知るところでは無いのでしょう。

今となっては、どうでも良い。そこまでは言いませんけど。


なあなあになって、一向に構わないような謎でした。

だって、あの通路はもう…


あの扉に仕掛けられた停滞の罠は、Siriusさんによって、解呪され。

誰も取り込むことなく、その役目を終え、閉じられてしまっている。

そうでしょう?


だからFenrirさんは、僕らは、今もこうして、

どうにかして、拘束されずにすんだ。

違いますか?





「もうすぐ、ヴェズーヴァに帰れる。…だから、もう少しの辛抱だよ、Ska。」


「ずっと、迷惑ばっか、かけて来たね。」


「君だけじゃなく、君の家族にも、群れ仲間にも…」


「ありがとうって、一匹、一匹に伝えたい。だから、帰ったら、真っ先に、みんなのことを、俺の元に呼び集めてくれないかな?」


もちろんです。みんなで、長老様のことを、お迎えいたしますよ。




「やっと、平和な日々が、取り戻せるんだ。そう思うと…ちょっと緊張すらしてる。」


「此処に来てから、一度も抱いてこなかった感情だけど。俺、帰ることが、楽しみでいるんだと思う。待ちきれないよ、Ska。今更になって。」


「帰りたく無かったんじゃない…そう言うと、嘘になる。」


「でもさ、分かってくれるよね。Skaなら。」


「Freyaを、ヴェズーヴァに返したくなかったんだ。どうしても。」


「でも、今になって考えると、俺は、彼女を、彼女の生まれ故郷で、死なせてあげなかった。なんて、酷い夫なんだろうと。それが、それが……」



“……。”



外の音が、全く以て聞こえないせいでしょうか、僕はTeus様の促す沈黙に、寧ろ気が狂いそうでした。

いつもだったら、少し耳を左右に開いて回転させるだけで、外を流れる風が、取るに足らない小さな動物たちの歩みが鮮明になり、僕が気を逸らすのにちょうど良かったのに。


今日は、不気味なまでに静かです。

僕の耳に、灰濘が詰まっているからでしょうか。

Siriusさんのご厚意を、嫌がってしまった罰が当たってしまったみたいです。


それとも、この部屋は本当にTeus様の仰る通り、

外の世界から隔絶された、時がゆっくりと流れる別世界であるのでしょうか。




「Ska…彼女は先に、帰ったんだよね?」




「俺が、動ける範囲で、そこら中を探して回ったけど。彼女と一緒に過ごしたことを思い出させる形見は、何も見つからなかった。」


「…俺は、俺自身の手で、彼女と思えるものを抱えて、連れて戻るようなことは、出来ないらしい。」


「一生、後悔するんだろうね。」


「それぐらい疼くのが、ちょうど良いと思うんだけど。」



「分かるかい?Ska。」


「どれだけ、時間の流れに抗って、永遠に思えるぐらいまで、薄く引き伸ばしても。」


「戻ることは、許されない。喩え神様であろうと。やり直すとか、そんなことが許されてはならないんだ。そのはずなんだよ。少なくとも、神様のすることじゃない。」


「だから、元の世界には、少なくとも俺が望んだような日々は、二度と帰って来ることは無いんだ…」




「でも俺の、残りの一生なんて、全部君たちの為にあると思って欲しい。」


「全部…全部一滴残らず、与える側でありたいんだ。彼女みたいに。」


「絶対に、飢えさせなんてしないから。病気だって、きっと治してあげられる。」


「名前だって、あの方に代わって、一匹残らず、付けてあげるから。」




「俺の血は、まだ半分残っている。」


「その一滴も、俺はヴァン神族の血を引いてなんかいないけれど。」


「ちゃんと、最期まで継いで見せる。せめてそうありたい。そんな我が儘に固執していたい。」



「でないと…簡単に、終わらせてしまいそうだよ。」


“……。”


止めなくちゃ。

僕は、そう固く決心した。


いつ、その時がやって来るか、分からないけれど。

僕なら、止められる、そんな自信も無いけど。


でも、僕がTeus様を看取るようなことが、あってはならない。

もう、Teus様の手を噛むことだって、恐れないから。


「そんな顔しないでよ、Ska。」


「そう思っているってだけ。軽はずみに行動に移したりなんて、出来ないから。俺は、意気地なしだからね。実際、あんなことがあったのに、こうしてのうのうと、生き永らえている。悔しいけれど、そうなんだ。」




「だけど…だけど……。」


「何て、言ったら良いのかな。」


「こんな俺のこと、本当は、どう思ってるんだろうね。」




「Fenrirから、君の言葉の多くを、沢山聞かせて貰っていたけれど。それも、ある種、彼の翻訳というフィルターを通しての言葉。それは、君の言葉じゃない。」


「全部、素晴らしい言葉だった。君が、どれだけ優しい狼で、長老様や、群れ仲間のこと、俺のことを愛してくれているか。それが言葉の端々から滲み出ていて。」


「あいつが、嘘言っているんじゃないかって思うぐらいだった。」


“そ、そんなこと…!!”


「分かってる。ごめんね。本気で言ってるんじゃない。ただ、俺が捻くれているだけだから。」


「かと言って、俺は、君が表現しようとしていること、これでも…そうだね。半分くらいは、分かって上げられていると思っているんだけど。」


「そうだからと言って、お互い、腹の中に溜め込んでいたいものを、誰の力も借りずに今まで吐き出したことって、無かっただろ?」


“……??”



「そういう時間が、一日の何処かに、」


「俺達の意識の外で為されるようなやり取りの時間が、潜み隠れていても良いのかと、ふと思ったんだ。」




「君は、メッセンジャーでは、無かったね?」


“何のこと…でしょうか?”


「兄弟暗号のこと。」


“あ……”


失声症(Aphonia)って病気がある。」


「Skaは、Skaの頭の中で、人間の言葉を、紡ぐことはできるのかな?考えてみたことが無いから、何とも言えないけれど。聞いた言葉が分るのだから、それを表現も出来るって考えるのは、間違っているんだろうね。それらは密接に関わっているけれど、別々の機能だ。」


そうですね。僕は、Teus様が難しい言葉を使いさえしなければ、

Fenrirさんのように、難しい考えを話さなければ、頭の中に、人間の言葉は浮かびます。

でも、それと同じものを、僕は作れない。


Fenrirさんに、図書館でTeus様にお伝えするようにと命じられた暗号は、一文字も分りませんでした。

本を傾ける、という、単純な操作に分解して貰えたから、皆で力を合わせて、信号を送ることが出来た。


ええ。記号は綴ることが出来ても。書き記すことは出来ません。


「そう…良かった。」



「ごめんね、自分で、言っておきながら。」


「ある意味、そうと踏んでの虚勢だったからさ。」




「ねえ、俺がいなくても、大丈夫だよね?」


「本音を言うとね。君にだけは、ずっと、一緒に居て欲しい。」


「一人ぼっちは、嫌なんだ…」


「とても、耐えられ無い。」



どうして…?


どうして、そんなことを、仰るのですか?


何故、一人ぼっちになってしまうと、思っておられるのですか。


僕が、みんなが、Fenrirさんが、

いるんじゃないですか?



「…それが、俺の本当に感じている怯えだ。」



「Skaは、俺にはそんな憎しみを、見せてくれないの?」





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