325. 腐食の雨
325. Caustic Rain
「Skaっ…?」
「Ska……!!此処に居たんだ!?」
“う……ん…?”
全部、夢だったのでしょうか。
僕はまだ、狭くて暗い、洞穴の中にいるようですが。
この声は……?
「ごめんね?雷、怖かったよね?もう隠れなくても、大丈夫だから。ほら、出ておいで?」
“……?”
「ぼーっと物思いに耽ってたら…ごめん。気づいたらいなくなってたから。Skaのこと気遣って上げられなくて。」
僕に向って伸ばされた指先の臭いを嗅ごうと、反射的に鼻を近づける。
Teus様、ですか?
ど、どうして、こんな所に、いらっしゃるのです!?
ひょっとして、僕のことを心配して、此処まで、追いかけて来られたのですか?
ああ…だとしたら、僕、とんでもないことをしちゃった。
Teus様を心配させちゃいけない、すぐに帰ろうって、出掛ける前にあれだけ言い聞かせていたのに。
気付いたら、眠ってしまっていたみたいです。
“そ、それにしても、どうしてこの場所が分かったのですか?”
僕が不在にしている間に、実は開拓済みの洞穴だったと言うことでしょうか。
Teus様のご自宅からお一人で駆けつけるには、結構な距離があったと思うし、歩くには厳しい森の中、本当にご迷惑をおかけしてしまったみたいです。
あっ、それとも、Fenrirさんに、連れて来て貰ったのでしょうか。
それなら、納得が行きます。Teus様一人では、余りにも危険ですから。
“そ、そうだ…”
意識が、段々とはっきりして。記憶が蘇って来る。
そうだ、Siriusさん。
“Siriusさんっ…!?”
ゴッ……
“いでっ……!?”
立ち上がろうとしたら、Fenrirさんの肉球に引っ張たたかれたような、鈍い痛みが走った。
な、なんだっ?
顔を上げようとしたら、今度は鼻先が、かび臭い木の感触に押し付けられる。
何が起こって…?
「だ、大丈夫っ?暴れちゃ駄目だよ…」
ああ、分かったぞ。
天井が、狭くて、身体が上手く動かせないんだ。
でも、なんで…?
「寝ぼけてる…?落ち着きなよ…ゆっくり出ておいで…?」
失礼しちゃいます。狼が、寝起きでぼーっとしてるようで、どうするんですか。
あ、でも、雷は、怖かったです。お外に一匹で出るんじゃ、ありませんでした。
「ほら、こっちだよ…って、重たいなあっ…引っ張り出すのは無理か…?」
僕の両頬を掴んで、Teus様が僕を引き摺ろうとしてくれているみたいですが、流石に無理があります。
というか、大丈夫ですよ。自分で歩けますから…
ごんっ、
ああ、そうか。立てないんだった。
でも、なんで?
「ほら、出ておいで、Ska……!!」
分りました。分りましたって。
僕だって、こんな暗くて、狭い洞穴、もう沢山です。
おかしいなあ。もっと、広々としていて、空気もFenrirさんのお家に似た臭いだったと思うのですが。
いつの間に、こんな狭い所に入り込んでしまったんでしょう。
“ぷふぁっ…”
って、あれ?ここ何処?
目をぱちぱちしても、景色は期待したほど変わりません。
「うわっ…もう、埃まみれじゃないか!よく気にせずこんなとこ入ったね…」
顔を舐めようとしたのに、顔を背けてくしゃみをするTeus様。
ちょっとショックを受けている場合ではありません。
埃って…どういうことです?
「全然掃除なんてしてないから、当たり前か…」
“……?”
ぽふぽふと、少し強めに僕の毛皮を撫でるTeus様の右手を見て、ようやく自分が、厄介な床掃除に貢献していたらしいことを理解する。
振り返ると、そこには、Teus様のベッドがありました。
「随分探したんだよ?灯台下暗しってやつだね…?」
此処は、Teus様のお家です。間違いありません。
まだ窓の外はぼんやりと薄暗いようですが、傍らに置かれた燭台が、Teus様のお顔を照らしています。
僕は灰に塗れた雷雨に怯えて、縮こまるようにして眠り、夜を明かしたのでしょうか。
「もう、全然呼んでも出てこないからさ。今から外を捜しに行こうかと思って所だったよ。」
「俺が、傍に居てあげなかったから、怖い思いさせちゃったね。ほんとにごめん。」
“…こちらこそ、ごめんなさい。Teus様。心配かけてしまって。”
「気が付いて良かったよ、ほんとに。自分でも、どうして此処を探そうって思ったのか、分からないんだけどね。運が良かったよ。」
「それにしても、こんな狭い所に潜り込まなくても良いんじゃない…?逆に、どうやって入ったのってぐらいの高さだけど、ベッドの下。」
“えー…全く、仰るとおりですとしか…”
「まあ良いや。待って。今、奇麗にしてあげるから…」
「もーう…、お腹とか、凄いことになってるよ。折角の奇麗な毛皮が…」
「また、川に水浴びしに行こうね。きっと、まだ奇麗な水脈が、残っている筈だから…」
“……。”
全部、夢だったのでしょうか。
まだちょっとぼんやりしている頭で、信じられずにいます。
「あれ、どうしたの。いつもは、お腹喜んで撫でさせてくれるのに。指で埃摘まむの、くすぐったい?」
いいえ。
体中を、こうやって、気遣って貰える感触を覚えているので。
何故か、遊んだ仲間を覚えているのと同じように。
多分、違うんだと思います。
良かった。
僕の二人目の対話が、貴方で。




