324. 浸食された渓谷 5
324. Eroded Canyon 5
“…なぜだ?主よ。”
“甚だ、理解に苦しむぞ。”
そうでしょうか?
僕としては、動悸としては、とても単純で、
鼻で笑われるかも知れないとさえ思っていたのですが。
“僕が、Teus様をお護りできるようになるには、それが一番確かな方法だと思うからです。”
“……。”
“Fenrirは、主によって、どのような友であったか。”
“曲がりなりにも在奴の悲しき物語の幕間を、共に歩んできたのであろう?”
Siriusさんは、それを知っているのですね。
きっと僕よりも、長く、Fenrirさんに寄り添って来たから。だからそう言うんだ。
“そう、かも。知れません。”
“Fenrirさんの苦しみを、よく理解もしないまま、憧れるのは、一番やってはいけないことだったかも。”
“ですが…ですが。いや、だからこそ、かも。あの方は誰よりも相手の痛みに敏感で。”
“優しくって、強いんだ。”
“僕は、本気で思ってます。Teus様を護れるのは、Fenrirさんしかいないって。”
“Teus様が、そう仰ったんじゃないんです。僕が、そう思います。”
“Fenrirさんが、最後の希望だと。”
“…だから、なれたら、良いなって…”
“あのう…Siriusさん。今の話は、Fenrirさんには、内緒にして貰えませんか?”
自分で言ってて、恥ずかしくなって来ちゃいました。
Fenrirさんが知ったら、それこそなんて言われるか。
“なるほど確かに、主はあの狼のことを、それなりに良く知るようだ。”
“我からも、聞かせて貰えるだろうか。”
“あ、在奴は、我のことを、何と言っておったか。”
“Siriusさんのことを?”
“それはもう、いつだって…!”
“…いいや、やめだ。怖くて敵わぬ。”
“え……?”
“主に憤死させられるのだけは、ごめん被る。”
“そう、ですか…?”
是非お喋りしたいエピソードは、山ほどあるのですが。
“いやはや、とんだWitnessがこの物語にも、潜んでおったものよ。”
“代わりに、聞かせるが良い。主よ。”
“はい、何でしょう?”
“グルルルルゥゥゥゥッ……!!”
“っ……!?”
一瞬にして、和らいだかに思えた空気が凍り付く。
本能的に腰を浮かせて飛びずさると、目の前にまで距離を詰られたSiriusさんの鼻先が押し付けられた。
まるで、落雷がすぐ傍まで墜ちたような。
僕は、外の様子が酷く気になりだしてしまいます。
“主に、あの老い耄れが救えるのかっ!!??”
“主に、Fenrirが救えるかっっ??”
“本当に救えるのかと聞いているのだぞっ!Skyline!!”
“ガルルルルルルゥゥゥゥッッッ!!”
“…!?”
どこから出ているのかと驚くほど低い唸り声で人間は驚くことがある。
Fenrirさんは、そのような反応を示した。きっと僕がそのように反抗するなんて予想していなかったのだろう。
今にも腹を見せて降参しそうな覇気に耐え、最後の抵抗を彼に向かって吠えたのだ。
“………そうか。”
“良かったな。”
やがて、彼は全ての感情を諦めて、最後に残った優しい笑みを浮かべて、
最愛の狼に向かって問いかけるのです。
“貴女は、いつだって正しかった。”
“我は、神様とは程遠いが。”
“主が嘗て、誰であったか、知っておる。”
“ああ。主は、幸せであったぞ。”
“それでもまだ、主は、誰かになりたい、などと抜かすか?”
“姿形を変えてまで。主は、飼い主に仕えたいか?”
“…全く、人好しな奴だ。”
“その強い意志が、奇跡を起こしたのであろうな。“
Siriusさんは、最後に僕には分からない話を聞かせてくれました。
“ふふっ…それも、良いだろう……”
“彼女は今度こそ、きっと我の元へと来てくれる。”
“それまで、主に託した。”




