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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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324. 浸食された渓谷 4

324. Eroded Canyon 4


なんだ、この若狼は。


こやつが、そこまで生意気に口を聞くとは思わなんだ。

飛んだ無礼をはたらいたものよ。

序列など、出会った時より付いていたものだと思っておった。


“……。”


一応は、群れの長を仰せつかった狼。


これが、我の代わりを務めた狼、か。


その癖、激しい唸りに限界を悟ったのか、両目の端をぎゅっと瞑っては、涙を零してひくひくとみっともなくべそを掻く始末だ。

耳を垂らすでもなく、怯えで牙を剥きだすでもなく。

我がもう一度唸り声を漏らしてやれば、びゃあびゃあと大声を上げて喚き、慌ててみっともなく腹を晒すだろうか。

あれだけ大口を開いて口答えをしておきながら、何ともみっともない。


特段、主のことを良く知ろうと思ったことは無かった。

知る必要もあるまいと、高を括っていただけやも知れぬが。

偶然主と、このような雑談に巡り合わされて、分かった。


遠く我には及ばぬ。

それは明らかなはずなのに。


しかし、彼女は生きている。

それが唯一、我に勝り、主を羨んでならぬ点であるのだと思う。

彼女は臭くて敵わぬ程に、主のその臭いを毛皮に纏わせておった。

我の臭いをこれでもかと、それこそ彼女自身の臭いを失うほどに被せてやりたい衝動に駆られるほど。


苛立たしい程に、嫉妬させられた。


主が、我を目の上の瘤であるかのように扱うまいと裏返した礼儀正しさ。

大層目障りで、それゆえ愉快であったが。きっと老い耄れに調教された名残なのだろうよ。

それもまた、存分に気怠かせてくれる。


“はぁー…”


下らぬ、そう無下に吐き捨てるには、余りに嗅ぎなれた劣等感よ。



“主よ、勘違いして居る。”


“我は、天から墜ちた星。”


“その名は、我の名では無い。”


“彼女が、その名を授かった素晴らしい狼を愛しているというのなら。”


“それは、我では無い。”



“え……?”


やはり、こやつが知る由も無いか。

まあ、我らだけの秘密にしたいのなら、それも悪くない。


主が、そのような名で我を慕い呼ぶから。

老い耄れが、そのような名に希望など託すから。


我はこうして、まるで群れ仲間の一匹であるかのように、迎えられておる。

狼らしからぬ、人好しな主らに迎え入れられた。

それだけのことだ。


“我は、今この世界に、何処にもおるまいよ。”


“故に、一匹ぼっちは、我も同じであるということだ。”


“所詮我々は、同じ穴の貉であるとは、思わぬかね…?”


そんな嘘とも言い切れぬ甘言で、主をたぶらかすのも面白い。

それで、主が耐えられると言うのなら。


その名前に、あの老い耄れが、どんな希望を託したのか、我でさえ、知る由も無いのだから。


“そう、なんですか…?”


ぐずぐずと鼻水を垂らし、主は暗がりでもはっきりと腫れたみっともない泣き顔を上げる。


“でも、Siriusは…あの、すみません、呼び捨てしたんじゃなくて。”


“我は確かに、あの仔の右後ろ脚に憑いた。”


“だが、それも在奴に特別な思い入れがあったからではない。”



“同じ名前を、仮初にでも授かった、そんな素敵な一会に肖ってしまった…”


“そうあの仔には、詫びて欲しい。”


“…それだと、Siriusは、がっかりすると思います。”


“特別でありたいからか?”


“その為に失ったものを数えられるようになるよう育てるのが、主の役目であるだろうに。”


“……そう、でしょうか。”


“でも、あの仔の生きる希望は、Fenrirさんそのものでした。”




“必死で歩いてた。”


“貴方がいなければ、走ろうとしなかったでしょう。”


“貴方が、走ろうよと、言ってくれなければ。”




“ふん……”


“他愛ない夢を、見せてしまったようだな。”




“やっぱり、嘘だ。”


“何……?”


“僕は、貴方が一匹ぼっちだったとは思いません。”




“貴方は、Siriusさんでは、なかったとしても。”




“Fenrirさんは、貴方のことを、本当に、尊敬していらっしゃいました。”


“Teus様が言っていた。出会った時から何かと、貴方のことを真似して、同じように考え、振舞おうと苦心する姿を目にして来たって。”




“あっ、偶に頑張って、自分のこと、われって、言ってた気がするんですけど…内緒ですよ?僕がそう言ってたって、絶対言わないでくださいね?”


“あ、在奴が、か……?”


“Teus様の反応が頗る悪くて、恥ずかしかったらしくって、もうしなくなっちゃいましたけど。”




“でも僕には、想像もできませんけれど。全部投げ出しても構わないと、本気で考えていらっしゃいました。”


“Teus様と、もう会えなくなっても構わないって。それで自分が、我が狼になれるのなら。”


“……。”




“…でも、そんなことしなくても、Fenrirさんは、Siriusさんと見間違えるくらいにかっこいい。”


“そして今でもたまに、貴方の姿を見て、Fenrirさんと間違えてしまいそうになります。”


“でも、姿かたちとか、鳴き声とか、そういうんじゃなくて。”


“やっぱりFenrirさんは、Siriusさんの存在を、自ら自覚して、受け継いだんじゃないでしょうか?”


“そうありたかった。”


“二匹が、運命に結び付けて貰えなかったとしても。”


“Siriusさんが、Fenrirさんの、嘗ての姿では、無いのだとしても。”


“……。”




“だから、僕も、誰かになろうと思えば良いのですかね?”


“僕には、FenrirさんやSiriusさんのような、そしてあの仔みたいな覚悟も、勇気も、きっと無いけれど。”


“そうしたら、誰かと、一匹ぼっちだと、悲しんでいる誰かと繋がれる。”


“そんなことする必要は無いと思うかもしれませんが。でも折角、皆さまの物語の中に入れて貰えたんです。”




“それが、僕の拘束です。”



“だから、だとしたら、誰が良いかなあ……。”


“いつの、誰でも良いなら。”




“僕、なれますかね?”




“……さん、みたいに。”







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