表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
662/728

324. 浸食された渓谷

324. Eroded Canyon


“あ、あの…”


“ありがとう、ございます…”


僕は片目を瞑って、僕の額を舐めとろうとする舌から顔を背けようとする。


“も、もう大丈夫ですので…”


“何を言うか。主の毛皮が台無しになるぞ。”


Siriusさんの舌は、僕を包み込んでしまうほどに長くて太い。

その上、毛皮を舐める勢いがとっても強いので、僕は四肢を踏ん張っても転がりそうでした。


“ほれ、次は腹の毛皮だ。さっさと見せよ。”


“えっ…い、良いです、ほんとに!”


“矜持にしがみ付いておる場合か。気持ちは分かるが、こびりついてしまう前に、取り除く必要がある。ずっと腹が重たいのは、適わんだろう。”


“う、うう……”


僕は仕方なく、ちょっと温かい石の地面に尻を降ろし、渋々腹を見せて転がり、顔を背けます。

こんなことになるなら、川の水に、前脚だけでも突っ込むんじゃなかった…


“うむ、良い仔だ。聞き分けが良くて、在奴とは大違いだの。”


馬鹿にしないでください。僕だって、したくてこうしたいんじゃない。

ああ、これがTeus様で、柔らかいタオルでお腹の汚れを拭き取ってくれるのだったら、喜んでごろんってしたのになあ…。


(ぬし)(あるじ)のように、優しく手で撫でてやるようには行かぬ。どうか許し給えよ。”


“べっ、別に……!”


“ふっふ…くすぐったいなら、遠慮なく言うが良い。”




僕が見つかったのは、Fenrirさんでは無く、Siriusさんの方でした。


口元に吊り下げられて運ばれるのは、絶対に嫌だったから、

安全な場所まで案内してくれるSiriusさんに置いて行かれないよう、そして後ろを振り向かれ、遅れを取っているか確かめられないよう、必死で着いて行ったのですが。

ようやくたどり着いた洞穴で、緊張の糸が切れてしまい、へたり込んでしまいました。

介抱されることを、拒む気力もありませんでした。


胴体を雨避けにしてくださって、本当にありがとうございます。

お陰様で、あれ以上、灰を被らずにすみました。

それでも、身体がずっしりと重くて、雪の中に埋められたみたい。

小さい頃を思い出して、凄く嫌な気分でした。


“すみませんっ…尻尾は、ほんとにゅ、ほんとに無理っ...!”


“股に挟むな、みっともない…”


二匹のちょっと熱の籠った鳴き声が、虚ろに響く。

この洞穴は、見た所、僕の訪れたことが無い場所のようです。

まだ少し明るい入り口の穴の形が、僕の知っている洞穴と違います。

あそこは上に向って細く、三角状に開いていましたけれど。此方は、どちらかと言うと、Fenrirさんが昔暮らしていらっしゃった所に似ています。

だいぶ奥にまで続いているみたいで、何より臭いが懐かしい。Fenrirさんも眠りやすそうです。


“Fenrirさんは…ご一緒では、無かったのですか?”


“主の元へ向かうまでは、同じ洞穴で過ごして居った。そこまで主を連れるには、少々体力的に辛かろうと思ってな。”


と言うことは、火山の麓以外にも、まだこうした場所が幾つか残っているのでしょうか。

Fenrirさんがいらっしゃる前に、出来る限り探索はしたのですが、僕はとんだ節穴だったみたいです。


“…すみません。”


“無事で何よりだ。嵐が過ぎ去るまで、此処で夜を明かそうでは無いか。”


“……。”


Siriusさんは、僕を仔狼のように、奇麗に舐め終えると、にっこりと笑って、僕を安心させようとします。


“主よ。腹は、空いているか?”


“いえ…大丈夫、で…”


“我は、減ったぞ。もっと鱈腹、人間の餐を食い散らかすのだった。”


雨の具合を窺うように、頭を下げて入り口の方面をじっと覗き込む。


“残念だ。外には、出られそうにないのう…”




“味付けは、劣ってしまうか?それに、火を通してやるのは、在奴には悪いが、我には邪道で受け付けぬ…”


“何より、火加減とやらを、知らぬのだ。”


朗らかに笑うと、四肢を投げ出して横になった僕を跨ぐようにして歩き抜け、最奥へと向かって行った。


“ちょうど良い。主には幾らか、手伝ってもらうとしようかの。”


どさりと視界に落っこちて来たのは、此処では一度も目にしたことが無い、それでいて、ヴァナヘイムでは見慣れた、立派な角を侍らせた牡鹿でした。


“一頭ぐらい、ぺろりと平らげる器量を見せよ。”


“体温を失った主にが、我にぴったりと巻き付かれたく無かったらな。”


“……ありがとう、ございます。”


“まあ、主の口に余る残飯は、我が喰らってやろうとも。”


“……。”


こんな遠回しな歓待が、とても懐かしく思えてきます。

Fenrirさんだったら、こうするんだろうなと思う一挙手一投足に重なることが、今となっては鬱陶しくすら思えます。

勿論、そんな素振りは牙にも見せませんでしたけれど。


何処かで、貴方がFenrirさんとは違うんだという所を、望むらくは、劣っている所を探している自分に気が付きました。

と言っても、劣っていると言うのは、Fenrirさんみたいに優しくないって意味なんですけど。


そんなことを見透かしているのでしょうか。

悉く裏切るように、Siriusさんは僕のことを気遣ってくれます。


“どうした、食わぬのか。礼儀など、不要であるぞ。”


“ほれ、我はもう、口を付けた。”


“……。”


それでも、僕は、後悔せずにはいられません。

どうしてよりによって、Fenrirさんでは無く、Siriusさんに見つかってしまったんだろうと。

そう考えただけで、閉口してしまうんです。


眼が、まだひりひりしいて痛い。


いじけているって、思われているのかな。




まだまだ、仔狼であるのだな、なんて、内心笑っているに違いありません。

そんな素振りを(おくび)にも出そうとしない紳士的振舞も。

今の僕を凹ませるだけ。


すみません、鬱陶しいです。




…とっても優しい。Fenrirさんが惚れる程、尊敬できる狼なのに。


僕はやっぱり、心の底で、貴方のことが、本心から好きになれない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ