表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
661/728

323. 4C2 2

323. 4C2 2


目を瞑るのが、恐ろしいと思ったことは無かった。

灰泥が張り付いて、二度と開かなくなるんじゃ無いかと思ったから。


それに、どういう訳か、嫌に右の瞼が弾いた筈の水滴が染みて痛いんです。


こんな灰に塗れた水、飲んではならないことは明白だったんだ。


“げぇ…口の中…苦い…”


何の気なしに、つい舐めてしまった鼻が、酷い味になっていました。

でも、川の水で口を漱ぐなんて、以ての外で。どうすることも出来なくって。

こんな惨めな気持ちで歩くことになるとは思わなかったです。


ガララッ…ゴロゴロゴロッ…!!


“いぃっ……っ”


雷まで鳴りだすなんて、聞いていません。

ああ、Teus様の懐に飛び込んで頭を埋めたいよう。


駄目だ、こんな情けない弱音を吐くようじゃ。

でも、後戻りをするなら、今しかないような気がする…。

何事も無かったように、とは行きませんが。

それでも、帰れなくなって、誰かを心配させるよりは、ずっとましだ。


吹雪の中を突っ切って歩く時に、こんな不安は、感じませんでした。

どんなに冷たく吹き付ける風も弾いてくれて、(ほろ)っても、(ほろ)っても、覆い被さるから、もう面倒臭くて放っておいても、全然ものともしない僕の毛皮が。

今は却って、足を引っ張ってしまっています。

Teus様のように、毛皮を纏わない身体であれば、幾らか身軽でいられたでしょうか。

羨んでも、仕方ありませんね。

でも味方してくれるはずの自然が、突然牙を剥いたような。そんな裏切りにショックを覚えていたんです。



“こんなはずじゃなかった…。”


ちょっとした、偵察をするだけのつもりだったんです。

Teus様の心情を察した、そういう任務。


最初こそ、自分の意志で密かに形を成した計画に、悪天候を物ともせずに進む自分に酔って、胸が高鳴っていたのですが。

僕の尻尾は、今や仔狼のそれのように可愛らしい細さで萎れています、多分。


決して、Fenrirさんを疑っている訳ではありません。

ただ、何をしているのか、それを覗きたかっただけ。


何か、こっそりしていらっしゃるんじゃないか。

そんな疑念を拭い去りたかっただけ。



きっと、Siriusさんと一緒に、和やかなご歓談をされているのですよね?

Teus様のことなんか忘れて、貴方が憧れた狼と、心行くまで。

警戒心を解き、毛皮を寄せ合っている姿を初めて見せつけられた時、そんな気はしていました。


ああ、僕らじゃ、駄目だったんだな、って。


別にそれで良いと、Teus様なら笑顔で迷いなく仰ることでしょうね。




もし見つかったら、大激怒されるでしょうか。

そんな緊張感を含めて、僕は正直、勇気を遊びと履き違えていたようでした。


いらっしゃると分かれば、それで良いんです。

盗み聞きたいんじゃない。


本来であれば、元よりFenrirさんが居を構えていらした洞穴へ向かうべきだった。

そして、そうしたいなら、出来る限り中央の闘技場を経由して、安全な道筋を辿った方が良い。

でもそれだと、簡単にFenrirさんの耳には、捉えられてしまう。

何の悪気も無く、お邪魔するには、とても下心があり過ぎました。


今向かっているのは、滝つぼのある山の麓。

それは寧ろ、一番、向かってはならない場所であるように思います。


ですが、僕は、吸い寄せられるように、あそこへ。


硫黄の臭い立ち込める、地獄の口へ。

あの湧き出し口は、僕の幻覚だったのでしょうか。

それだけでも、確かめたい。

そうしたら、あれは何だったのか、それを僕の方から、尋ねることが出来ると思うからです。




そう思ったのに。

僕の目星は、とんだ的外れ。




ガサガサッ……


“……っ!?”



朦朧とする意識から、はっと我に返る。


咄嗟に、俯せになり、じっと息を潜めて耳をぐりぐりと周囲に向けた。

乱れ打つ雨の音、灰川の濁った唸り、その中に、今、微かに動物の足音が混ざった。


ぺちゃっ…


今のは、僕の前脚が泥濘に浸かった音です。


そこから、突発的に走り出した。


ダダダダッ、ダツ…


どうだ…?釣られてくるか…?


“……。”



獲物の足音に隠れて動くのは、捕食者の常套手段。


でも今のは、僕自身のそれに合わせて、だ。


気のせいかな?感覚が高ぶって、尖り過ぎているのかも。

でも、もしそうだとしたら、自分と同じやり口で在りながら、想像以上に接近されている。

自然と尻尾に力が籠るのが分かった。


いつの間に…?


“もう、場所まで、特定されている…?”


そんな、馬鹿な。

あの方の縄張りだったらまだしも。

こんな悪天候の中で、僕の接近に、こんなに早く気が付くでしょうか?


僕だって、何も考えずに動いていた訳じゃないのに。

敢えて獣道からも外れ、周囲の雑草から灰泥を纏わりつかせながら、丁寧に進路を選んできた。


…意地でも、Fenrirさんに詰問されたくなかったから。




轟轟と耳の奥で蠢く雑音の中から、もう一度、聞こえたはずの足音を探ろうと試みる。



“筋は、悪くない。”


“……っ!?”



心臓が、縮み上がる思いでした。



すぐ上の方から、雨の中でも、はっきりと聞こえる。


灰に塗れた樹林の中で、ひと際灰色の鈍い輝きを放つ、四本の四肢。

いつの間に、とか、そういう次元じゃない。


“だが、彼女の言う通り、休みがちだ。移動距離も短いうえ…一つの場所に、留まり続ける癖が多いようだな。”


先回りされていた。

僕が、この場所で走るのを止めるのを、分かっていたんだ。





完璧な立ち回りをしてなお、見破られる。

それで満足な、Fenrirさんの気持ちが、僕にはまだ理解できません。


完璧な憧れとは、そういうものなのでしょうか。




“我の背中に乗るか、それを良しとしないのなら、自分の足で付いて来い。”



“在奴からは、それだけの走力は有しておると聞いた。”



“……。”



僕の最初の対談は、どうしてか、願ってない相手から始まるようです。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ