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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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322. 息詰まる 2

322. Breath in Sulfur 2


“……う…ん…?”


目を醒ますと、聞きなれた穏やかな(せせらぎ)と、

心地よく揺すられる毛皮の背中があった。


「む、目を醒ましたようだな。」


「えっ…?あっ、本当だっ!!」


そして、僕の背中を撫でるこの右手は、Teus様だ。


「Skaっ?大丈夫?怪我とか無い…?」


勿論、大丈夫ですよ。

いつの間にか。ちょっと、眠ってしまっていたみたいです。


「あるものか。着水の衝撃で、気を失ってしまっただけだろう。」


「もう!ショックで身体がバラバラになるかと思った!」


「まあ…生身で突っ込んでたら、即死だったかもな。」


「最っ悪…!ほんとにあのまま落っこちるかと思った!!」


「そんな訳が無いだろう。冗談が通じないな。」



「ふん、バック・ウォッシュに掴まって、慌てておった奴の言う事は違うな。」


「…あ、あれは、思ったよりも、水深が深かったせいで…!」


Fenrirさんは、激しく動揺した様子でそう弁明する。

また水を飲み込む喉の音が聞こえた。


「何それ、バック…?」


「滝壺のように、川底が穴状に窪んでいる場所では、上流から流れ込んで来た水が一度下方へ落ち込み、それが再び上方へ湧き上がるのだが、その後に再び上流に向かって戻って来る流れが発生する。この逆流する流れのことをバック・ウォッシュと呼ぶのだ。」


「え…それって、めちゃめちゃ危ない…」


「一度掴まると、簡単には、浮上しては潜らされる輪廻から抜け出すことは容易では無い。常人では息が続くまい。」


「ですが、こうして彼らは無事に…」


「我の後ろを何食わぬ顔で着いて来おって。気づかぬとでも思ったか。」


「っ……」


「川底の下方から這って進み、泡立つ水面を超えるしか、流路の抜け道は無い。覚えておくことだ。」


「……はい。我が、狼…」


「いやはや、この青二才はそんな経験も持ち合わせていなかったようだな。主は何度でも、我を驚かせてくれる。」


「……申し訳、ございません。」


またしてもSiriusさんに心地よく窘められ、Fenrirさんの耳はすっかりしょげ返ってしまう。




「…しかし随分、肝も冷えたのでは無いのかね?」


Siriusさんが、喉の奥でクックと悪い声で笑うのが、

本当にふざけたFenrirさんにそっくりで、背中にくっついた左耳から響いて来るようだ。


「ご所望の通り、素晴らしい納涼だったろう?」


「Fenrirっ…このばかっ…!!」


「やめろっ、耳に触るなっ!!」


また、ちょっと甲板が揺れて、植え付けられた恐怖が毛皮をぞわりと這う。


「めちゃくちゃ楽しかった!!楽しかったけど…!!けど、もう二度とやりたくないっ!!」


「おいっ!!何度言ったら分かる!…また振り落とされたいのかっ!!」


“あはは……”



Teus様が楽しかったなら、それだけでもう良かったです。

もう一回やりたくないのは、僕も全く、同じ意見ですね。


…ただ、あの景色。


最後にちょっと、見逃してしまいました。

もう一度、よく見てみたい。その心残りはあります。


…何だったんだろう、あれ。


硫黄の臭いのする、別世界。

Teus様も、ご覧になったのでしょうか。



怖くて、あんまり頑張って思い出そうとすると、

夢の中で、あの口に、食べられてしまいそうです。




“あの、此処は……?”



おずおずと頭をTeus様の膝から擡げると、まだずぶ濡れの身体がずっしりと重たい。

どっと眠気と疲労が押し寄せて来た。

一端、立ち上がって、ぶるぶるっと毛皮を震わせたいのですが。


「主らを乗せて、下流を、流れておる。」


答えたのは、Siriusさんですね。

ぼんやりと声の方向を見上げると、Fenrirさんと並んで泳いでいるのかと思いきや、僕を気遣うように、そっと鼻先で突かれるのでびっくりした。


“……すごい。”


どうやってるんでしょう。

水面を歩けてしまう辺り、やっぱりSiriusさんは、ただの狼では無さそうです。


「そのまま主らを、塒まで送ってくれるそうだ。」


“…ありがとうございます。”


「リシャーダの外れまでだ。そこからは、自分で歩けよ。」


“はい…今度は僕が、Teus様を乗せて帰りますね。”


「そんなこと、しなくて良い。こいつをあんまり、老い耄れ扱いしてやるな。」


“で、ですが…”


「お前が、半身の神具を取り戻したことには納得いかないが、身の回りの生活は、一人で十分に(こな)せるだろう。」


「大丈夫だよSka。一緒に帰ろうね。気遣ってくれてありがとう。」


“……。”


頬の毛皮を、なでなでとされて、僕はうっとり眼を細めて、そのまま首を預けてしまう。



“あ……”


空を仰ぐと、木漏れ日の光は感じられず、既に傾いているみたいでした。


そんなに、眠っちゃっていたんだ。


黄昏の色こそ、僕の眼には、ぼんやりとしか燃えないけれど。

夕陽の光はだいぶ陰ったようです。

疲労と対照的に、気分は何だかそわそわしてしまう。



群れが周りにいたなら、きっと急かされるように、始めていた。



“Fenrirさんたちは、ご一緒されないんですか?”


「確かに、洞穴で過ごすのは、当分無理そうではあるが。日当たりの良い浜辺で朝日に目を焼かれるのは、ごめんだからな。麓の適当な幹の根で、眠ることにする。」


“そうですか…”



“噴火の心配は、無さそうでしょうか?”


「どうだろうな。思ったほど、河川の濁りは無い。取り越し苦労だったのかも知れん。ただ、警戒するに越したことは無い。」


“そう、ですよね…”



僕は、言い出せなかった。

本当は、Fenrirさんは、何を確認したかったのでしょうか?


良い仔な僕は、気づかないふりをしてしまう。


僕らを、連れて来ることに、

意味があった。Fenrirさんのことだから。

そう考えたくなる。



“Fenrirさん、やっぱり、お家まで、送って行って欲しいかもです。”



“僕…疲れちゃった。”


「ふん、仕方ないな…」



ごめんなさい。

瞼が、重くって。


こんなに、群れのことを忘れて、仔狼みたいに遊んだの、久しぶり。



忘れません。

こんな、唯の夢みたいな話。







そんな語り洩らした、挿入話(ボーナス・トラック)





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