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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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322. 息詰まる

322. Breath in Sulfur


その時、身体がふわりと軽くなるのを感じた。


“わうぅっ…?”


“ぎゃうぅぅぅぅぅーーーーーーっっ!!”


勝手に尻尾が、股の間へと丸まり収まっていく。


お腹の毛皮を、冷たい川の水につけるよりも、もっと、すぅっと。

ちょっと違うかな。お腹がいっぺんに、空くような感覚?

空腹と言うのでは無くて、お腹に入っている内臓とかが、一気に消えてなくなってしまう。

それもしっくり来ない。


まるで、背中の後ろに、翼が生えたような。


それが、僕にできる、精一杯の遅い落下に対する表現だった。



落下の直前、僕とTeus様は、滝口を前にして水中に落っこちた。

と言うよりは、無理やり、甲板から、振り落とされたんだ。


水面が何処か、分からない。

僕の頭は、上と下、どっちを向いているのでしょうか?


怖い。

息をして良いのかさえ、分からない。



“あっ…あ、あ…うぅっ……?!”


恐る恐る眼を開くと、端から涙が吸い出された。


口を、しまい忘れたみたいです。

舌だけが、僕の口の端から暴れ出て靡いている。このままじゃ、口から出て行っちゃう。




それから、


ざぱんっ…


“……??”


轟音が止んだ。




“フウゥゥッゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーッッッッ!!”


今の雄叫びは、Siriusさんでしょうか?


それとも、Fenrirさんだったりして?


どちらにせよ、僕にそんな余裕はちょっと無いかも。


ただ…


“うわぁっ……!!”


これを見せたかったのですね。


僕らが滝口で臨んでいた景色は、その半分に過ぎなかったんだ。

眼下に、もっと沢山の景色を隠していたんです。


水しぶきから解き放たれた僕らは、暫く霧がかかった空間をふわりと浮いていたようです。

飛沫にちょっと、色が見えたかも。

後から振り返ると、上から見上げれば、雲の中に居たような時間だったのではと思って、どきどきしてしまいます。


それが晴れた瞬間に、僕は身体の感覚を失った。



―森だ。



僕がもっと大きな狼だったら、でこぼこの芝生だと踏み拉いてしまえそうな草木が広がっている。


Fenrirさんの巣穴へ至るまでの道筋は、林の傘に隠れて見えないけれど。

岩肌があちこちに残る噴火山の麓から、段々と疎らになっていくのが見て取れたんだ。


地続きな人間の世界と、境界なんて無いと思っていました。

でもそれは、ヴァン川ほど、はっきりしたものでは無かっただけ、だったのですね。


そして僕の視線は、麓から逆転し、もっと先へと移る。


何より、この島は、僕が見ようとしなかっただけで、

ぐるりと海に取り囲まれていたのだと、気づかされたんです。


あんなに、あんなに小さかったんだ…!!




確かに、この世界は、僕が僕のままでは、目にすることが出来なかったもの。


多分、僕の様に、もう一匹で過ごすことの無いような、

群れを丸ごと、何処かへ連れて行くことの無いような立場が、拝める山頂の景色では無いのだと思います。



素晴らしい景色でした。

僕はその全てを、天地逆に、見ていた。


そして、


僕が空だと思っていたものの半分は、海だった。



これは、Fenrirさんの冒険心が見せてくれた地平(Skyline)であると。


理解が及ぶには、一瞬の出来事。




そして、僕らが向かう先。

終着点となる滝壺へと続いて行く。


水面が近づいて来るけど、もう怖くは無かった。

こうやって、皆さんの表情を窺う余裕だって、あるんです。


Teus様は、僕よりも、余裕無さそうですね。

目を瞑らないで?

Fenrirさんが、僕らに見て欲しかった光景は、真下じゃないです。


ほら、こっちこっち。

駄目だ、空を掻いても、届かないや。


なんとかなりませんかね、Fenrirさん?



“フェン…リル…さん…?”



空を切る僕の吠え声が、届いたとは思っていません。

それどころか、語尾には言い淀んでしまった。


Fenrirさんは、僕と同じ景色を、見ていなかったから。

一瞬、僕の眼を覗き込んでいるのかと勘違いするぐらい、凝視していた。


僕の後ろを。


それって、僕らと一緒に降りる水の壁、

滝を、見ていたのでしょうか?


“……?”


僕も気になってしまって、身体を捻ってみようとする。

止めた方が良いかな、そう思いつつ。思ったよりすんなり、首の毛皮が回ってしまった。



“わぁっ……?”



其処には、眩い光の筋に割かれ、崩れた僕らの姿があった。

どうにか、自分だと認識できる程度の顔が、飛沫の中に溺れていく。


Fenrirさんの姿は、ずっと消えなかった。

Siriusさんの姿は、其処には無い。

Teus様は、Teus様は、どこ?



ああ、見つけられない。

見つけられないまま、


もうすぐ水面(おわり)が、来る。


“……?!”


そう惜しんだ寸前で映った、瀑布の幕の裏の世界。



僕は見たんだ。



僕の視界にさえ、真っ赤に燃える、洞窟の中の世界を。


岩肌さえも黒く焦がした、地獄のような世界。

怪物が、口を開いたよう。



直感的に、悟りました。

立ち昇る煙。


これが、硫黄の臭いであると。


呆気に開かれた口の中に、すんなりと入っていく。

気持ち悪いのに、お腹が空いて来る、不思議な臭いだった。


ぼうっとしてくる頭の中で、



ばくんっ…



“……っ!?”



僕は、誰かの口の中に放り込まれたみたい。


“Fenrir…さんっ…!?”


それだけを辛うじて確かめるので、精一杯だった。




ざっぱぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーん……!!




着水の激しい爆音だけが全身を囲んで響いて、




僕は真っ暗な世界に、閉じ込められた。







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