321. 薄氷の上 3
321. On thin ice 3
“おぉーっ!!”
何か、景色が開けてきましたね。
とっても、良い眺めです。
“あれって、Teus様が住んでおられたお屋敷がある所ですかー?”
水面の眩しさに目を細めるのも忘れ、僕はFenrirさんに大声で話しかける。
段々、流れが急になって来て、皆の息遣いが聞こえづらいと思ったからだ。
「…左手に見えるのは、Lyngvi島の全貌、だな。」
「うん、そうだよ。天気が良いと、街並みも眩しいね。」
Teus様は機嫌よく僕の耳の間の頭をぽふぽふと撫でる。
“じゃ、中央のあれが…”
「ふん、此処から見ても、味気が無いな。」
抉り取られた地肌に鎮座する、円形の闘技場。そしてそれを取り巻くようにして、石塔がぽつぽつと立っている。あれ、日中でも、一応灯りは灯ついているのですね。
“僕、まだ右側の地域、走ったこと無かったんですが、彼方には何があるんでしょう?”
「Teusよ。西岸に、大したものは無かったと記憶しているが…」
「幾つか、煙が立ち昇っている箇所が見受けられる。まさかもう、来ているのか?」
「いや…それは流石に、無いと思うけど。準備中じゃない?」
「ふぅん…」
「リシャーダと同じで、彼方もミッドガルドの何処かを模しているのか?」
「えっ…ごめん、ちょっと彼方のエリアは分からないや…」
「そうか。そこら中に、手入れの行き届いたロッジが鏤められていたからな、賓客は案外彼方で過ごすのかと疑問に思っただけだ。」
“でも、あっち、大きな建物とか、全然見えないですけれどね。”
「ある意味、そこら辺配慮しているのだろう。本拠地は、そういう華美に全振りしたものばかりな分。」
“へぇー、そうなんですか。”
「Teusが好んだ港町の方が、自然との融和に反しているも言えるがな。」
「悪かったね。別に、あの場所に住みたいって、お願いしたつもりは無いんだけれど。」
「しかし、理想のそれであったのでは無いのか?…少なくとも、彼女にとっては。」
「好みに姿を変えてくれるって言うのが、一番ヴェズーヴァの名前に相応しいかもね。」
「ああ……。」
「そう言えばSka、景色が開けているとの所感だが。」
“えっ?はい…”
「良い着眼点であうと思う。」
“あ、ありがとうございます…?”
“ちなみに、何でですか?”
「滝の上流は、得てして平坦である場合が多いからな。」
“……?”
「滝を構成する岩石は主に溶結凝灰岩であり、滝の上流部は火山灰層が流失してため硬質な凝灰岩が残った。すなわち、火山灰層と溶結凝灰岩層の境界面が露出したため、平坦な河床となったと考えられておるぞ。」
“へー……。”
Siriusさんが口を挟みます。
「ちなみに、山頂から始まるような滝は、条件が揃えば、面白い現象が起こる。」
「あれは、我がまだ青かった頃であったが、海岸瀑を北岸線を西部に進んだ先にあった。」
“何ですか?かいんがばく?”
「海岸の崖の上に滝口があり、海に直接落ちる滝をいう。」
補足ありがとうございます。Fenrirさん。
「何と、1000mを超える高度から岩にぶつかることなく真っ直ぐ落ちる。」
「あまりの高さから落ちるため、水は途中で霧となり、なんと滝壺が無いのだ。」
“へー……。”
“え……?”
“Teus様、景色……”
“開け過ぎて、無いですか…?”
「F,Fallって…」
僕の毛皮を撫でていた右手に、じわりと汗が滲むのが分かった。
「滝の方かぁぁっーーー!!」
「どれくらいの高さか、試走はしていない。」
「それと、俺に掴まっておこうなどと、決して考えぬことだ。」
「きちんと空中で分離しろ。でなければ、下手をすれば、俺の下敷きになったまま着水し、浮上が遅れるぞ。」
“ひぇぇっ…そっ、そんなぁぁっ!!”
「あと、Teusは金槌だ。」
“何ですかカナヅチって!?”
「それが一番問題なんだよおおおっっ!!」
「Fenrirのばかぁーっ!一生恨んでやるからなぁぁっ!!」
「ああ、気分が良いよなあ、お前の怨み言を、こうして柳に風と受け流すのは。」
「待って!待ってって!ほんとに無理だからっ!!Fenrirっっーーー!!」
「どれだけ大声で喚き散らそうとも、もう遅い。」
「俺でさえ、もう濁流に棹差すことは難しいのだ。」
「実は、激しい急流の川底では、流水作用によって岩石でできた川底が削れる。
此処はお前たちが思うより、深い水底を有して居るぞ。」
「嘘つけー!Fenrirが脚着かない訳あるかーっ!!」
「それこそが、遷急点と呼ばれる、後に滝となるような、段差の源であるのだがな。
ゆっくりと浸食は強まり、削平点は、源流へと遡る。段は高さを増して、やがて滝となるのだ。」
一周廻って、煽りに聞こえて来るから不思議です。
「それを今、ご覧に入れよう。」
“お、終わった…もう駄目だ…”
「だから身を任せ、我と共に落ちていくが良い。」
「ばかっ、耳にしがみつくなっ!」
「それで舵取りできると思ったら、大間違いだぞっTeus!!」
「だって、絶対に離れたら、死んじゃう!」
「俺の言っていたことが聞こえなかったのかっ!?」
「やめろぅ!尻尾の次に、耳が弱いんだっ!!」
“やめてっ、暴れないでくださいっ!!滝の前に落ちちゃうぅ!!”
「……やれやれ、華麗に入水とは、行きそうにないな。」




