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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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320. 露滴療法 2

320. Dewdrop Cure 2


「うーむ…」


唸るような、思案に耽った呻きに、全員が固唾を飲んで見守っていた。


「主よ、これは何という食べ物であるのだ?」


「えっ……?」


緊張の一瞬は、暴君に振舞われた料理の感想を伝えられるのを、死刑宣告と等しい程に怯えた様子で待ち惚けるシェフと言って良かった。

尤も、一方が王様という訳でも、もう一方が作り手という訳でも無い。

何気無く勧めるような仕草を、本気で嗜んでやろうと受けとった来賓と、

軽率なる誘いを、激しく後悔しているご友人様がいるだけ。


ご馳走が湧く出店の立ち並ぶ例の大通りへ、皆で赴こうという話になったのは、ぎゃあぎゃあといつまでも無き叫ぶFenrirの腹から、ぐぅぅと情けない呼応の遠吠えが吠え上がったからである。


それを意固地になって隠そうと、殊更大声で泣き喚く仔狼を見兼ね、首根っこを咥え、半ば引き摺られるようにして連行されるFenrir。

その光景に呆気にとられながら、俺とSkaがついて行くという構図だ。


もう、暴れようと藻掻くFenrirが立てる砂埃が凄いんだから。

Skaのくしゃみが止まらず、後塵を拝するなんて言っていられない。彼は俺の後ろに、マントの裾に触れぬ程度にぴたりとくっついて歩いた。



今や、到底無人とは思えない賑わいを見せる大通りから離れた向こうの外れで、潮の臭いが強いテラス席をお借りして腰かけ、二匹のやり取りを眺めている。

こんな光景、誰が予想したと言うのか。



「Teus……この料理の名前、知っているか?」


Fenrirは小声で俺にそう耳打ちする。

眼の端に、ありありと現れる、焦りと恐怖。

そんな必死の表情で凝視しなくっても。


瞳は先までの号泣を拭いきれておらず、今にも再び涙を溢れさせてしまいそうに腫れて潤んでいる。

何より、震えた息遣いが、より一層その予感を際立たせていた。


「これ……?」


「Rökt hjortfileって言うんだけど…」


「ルクト…ヨルト……?」


「えーっと、トナカイのヒレ肉のステーキだよ。」


「そのままでは無いか。」


「いや、そうだけど…」


「では、添えられている粒々は?」


「サルタナレーズン…種なしぶどうって言ったら良いの?」


この気候に似合わぬ一品だけれど、自分にとっては馴染深いミッドガルド北部の贅沢な郷土料理。

それをSiriusに勧めるのは、中々にお目が高いと思うのだけれど。


「っだ、だそうです…!我が狼っ…!!」


彼は新兵のようなきびきびとした口調で、Siriusへと俺の答えを受け渡す。


「ふうむ、主よ…」




「…主は、こんな味付けの濃い料理に現を抜かしておったのか?」


「えっ……」



「うわ……」


俺も思わず、変な声が出てしまう。

Fenrirの表情が、みるみる内に絶望に染め上げられ、余りにも可哀そうだ。

お戯れにからかっていると、今の彼には、理解出来そうもない。



「餌付けという言葉も知らぬのか?なんとも不甲斐ないことよ。」


「すっ…すみ、ません……」


「大層甘やかされてきたようだのう。あの老い耄れは、そこの辺り、我を釣る手段に乏しかった。」


「そんな(やわ)なモノばかり喫食するから、その程度の傷も癒せぬのだ。」


「ごめんなさい、わが、おおかみ……」



とても、同じ風格、体格を有した対の狼とは思えない。

縮こまっているからではない。Fenrirが、今までで一番、小さく、か弱く見えた。


「で、でも……そ、その……」


「……?」


これ以上、可哀そうで見ていられない。

仲裁の一言が口を突いて出そうになった、既の所で踏みとどまる。

本人が恐る恐る反抗の意を横に捻られた耳で示すのが見えたからだ。


「わが…お、おおかみの……」



「お口に、合いませんか…?」





「口に合うか、だと……?」


「ふふっ…フフフっ……」


「そうだな、生の肉には、到底劣る。」


「すみません……。」


「だが、主が好んで喰らうのも、頷ける味だ。」


「え………?」




「主には、生肉の味に、辛いえぐ味を伴わせてしまったからのう。このような趣向に走るのも、無理もあるまい。そう思ったのだ。」


「そっ…んなこと、無いですっ!!」


「それはこの場で、詫びさせて貰いたい。」


「……。」


ああ、これは酷い。

それはFenrirが、受け止めきれないよ。


ほら見て、完全に、固まっちゃっているじゃない。




「ほれ、主も喰わぬか。我だけが喰い散らかすには、少々惜しい量を振舞われた。」


「い、いらない……」


「何故だ。」


「た、食べたくない、です……」


「主が選び、搔っ攫って来たのであろうが。あんなに尾を振りおって、嬉しそうに。」


「そ、それはっ…貴方が…」


「……。」


「…申し訳、ありません……」


FenrirはSiriusから目を逸らし、


「……。」


それでも現実から目を背けるには足りなかったのか、両腕に顔面を埋め、しくしくと泣き出してしまう。


「うぅっ……うぅ……うわぁぁぁ……」





Skaが居合わせてしまったことを後悔するように、俺の方を見て無言の訴えを続けている。

針の筵なんてものじゃない。最悪の空気が流れていた。


「ちょ、ちょっと……!Sirius……」


俺だってもう、我慢ならない。

幾ら貴方と言えど、Fenrirに対して、やって良いことと悪いことがある。


彼がどれだけ貴方を愛し、自らを苦しめて来たか。

その幼気無い真心を無下にするようなこと、許されて良い筈がない。


曲がりなりにも、Fenrirの親友をやらせて貰っているんだ。

一言、言ってやらなきゃ。




「ふむ…仕方あるまい。」




「折角平らげた吐き戻しで、勘弁してやるとしよう。」


え……?



何を言いだすかと思えば、

吐き戻し…?


Siriusの?


食べさせるってこと?


…Fenrirに?



「うぐっ……むぅ……」


喉元から漏れる、ごぽごぽという汚い水の音。

それを聞いて、本気だと悟ったFenrirは慌てて顔を上げる。


「い、良いです、自分で食べられますから…!」


「しかし、食欲がないと自ら零したではあるまいか。」


「で、でも、そんなの、もっと喰べられませ…」


“グルルルルゥゥゥゥッ!!黙れっ!!“


「ひぇ……」


「主は何かを口にせねばならぬ。それすら自覚できぬとは、大変危篤な状況にある。」


「その拒絶はその証左では、無いのかね?」


「え、えと…」



「分かったら、さっさとその大口を開かぬか。」


「閉じようなどと思うなよ。その鼻ごと、食い千切ってくれるわ。」


「お、お願いですぅ……お赦しをっ……」


「誰が赦すか、貴様のそういう所を、教育する親が必要であった。」


「た、助けて、Teus……!!」


ごめん、無理そう…


「お残しが、許される行為で無いこと、重々承知していような?」


「す、Skaぁ……」


“ごめんなさい……Fenrirさん…”




「うあ゛あ゛っ……やめっ…うあああああ゛あ゛っっっーーーーーー!!」




――――――――――――――――――――――




最終的に、Fenrirはぐったりとその場に横になり、されるが儘に、Siriusの愛撫を受け取るに至った。


べろんべろんと毛繕いをされ、生々しい傷口をそこら中、執拗に舐め上げられる。


「ああっ…う、ぅぅ……うぁぁっ…あ、ああっ……」


その度にFenrirは、感じたように、なまめかしい声を上げるのだ。

結局、涙は止まらない様子だけれど、抵抗する気力さえ、削ぎ落されてしまったらしい。


「ふぅぅ……うぅ……え、えぇっ……」


ご満悦そうで、何よりです。

反応を見るのが、楽しくて堪らないと言うように、Siriusは目を細めて、彼がびくりと身体を震わせるのを見て、益々舌使いを淫乱にする。


「あぁっ……あ、う……う……」


「わぁ…が、おぉ…かみぃぃぃ……」





「うーむ…」





「実に、サイマル的だ。」








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