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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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319. 誰に憑いた 2

319. Familiar-Possessed 2


「は……?」


鼻先に皺を寄せたせいで、顔面を鈍痛が走る。

そのせいでしかめ面は、唸り声の一歩手前、俺の気持ちより遥かに醜い怒りの表情として現れていたと想像できた。


“えっ……えっ…?”


「いつ、どこで、俺がお前に、そのような愚行を許したのだと聞いているのだ!」


“……。”


顔に書いてある、どうしてそんな場違いなことを、仰るのですか、と。


分かっている、俺だけが、浮いていた。

自分だけが、未だ残された者として、現状を偲ぶとか、嘆くとか、そう言った段階を経ずにいる。

何を失い、各々がどれだけの希望を抱き、生き永らえているのか、その了解が無いまま、彼らが既にスタートを切った日常に並走させられている。


自分を諫めてくれる者が居合わせてくれたなら、端的に、寛容にあれと、一蹴してこの会話は終わりだった。

そう、それぐらい、見過ごしてやれと。

彼は、それに値するような悲劇に見舞われ、今こうして泣き腫らした目の赤黒さに気づけずにいるのだから。


俺だって、些細な違和感を口に出しただけのつもりであったのだ。

Skaに食って掛かるつもりだって、毛頭なかった。


しかし、どうしてそんな、はしたない嘘を吐く?

お前がそうやって、気を利かせて動ける狼であることは、皆が評価している自覚はあるだろう。


“い、いつって…”


“昨晩の僕らの会話、覚えてないんですか…?”


……?


“あの広場で、僕にお願いして下さったじゃありませんか!”


“それが終わったら、Teus様の元へFenrirさんも逢いに向かう。だからそれまで、休ませておくれって。”


今度は俺が、Skaの言葉に困惑させられる番だった。

微睡みの内に、一体何を口走ったと言うのか。



俺が覚醒している間に、Skaと交わした会話と言えば、


彼が、最期まで主に仕える意思表示と、

我が仔の脚を今も探し続けていること、それぐらいだった。


何一つも、前進的な会話は。


薄氷の上に成り立つ日常へ戻ろうなどと、

そんな企みは。


…俺らしくは無いと、思わないか?




“Fenrir…さん?”


首を傾いで、小刻みに震える息。


お互いが、似たような疑念を抱いていると確信できる。


お前、本当に、Skaか?


そして、お前の前に姿を現したFenrirさんは、本当に俺であったか?


「ちょっと、二人とも…?」


再び訪れる沈黙。

熱気の絶えた小春日和に、忘れがたい喪失感は、恰も絵になる傷口であると主張するように、じくじくと心地よく痛む。


「……腹が減った。」


「このままだと、冬至祭まではおろか、三日も持たぬ。」


「……あれ、結局何も食べて来なかったの?」


……?


「道理で、早かったと思ったよ。」


「じゃあ、何しに行ってたのさ?」


「潮風にでも、当たりに?らしくない…毛皮が痛むって、常々文句垂れてたもんね。」


「まあ分かるよ。最近本格的に呆けて来たのか、自分が何しようと思って腰上げたのか、次の瞬間忘れちゃうもんね。」


「お、お前まで、何を訳の分からぬことを…!」


貴様と一緒にするな。

口先まで出かけた悪口だったが、胸元を摩る籠手から覗かせる皺枯れた指先が、それを留まらせた。


偶に、お前が失った半身がどちらであったかを忘れて、不必要に心臓を傷める。

狼に、未だ利き手という概念は感覚的に会得しがたい為だ。


「……。」


そうした躊躇が、俺達をまじまじと見つめ合わせた。






「…ああ、そういうこと。」


Teusの眼差しが、ふと柔らかく綻ぶまで。


「ごめんごめん。全然気が付かなかったよ。」


「……な、何だ?」




「まんまとしてやられたね。Ska。」


「でも、君でさえ気が付かなかったんだ、仕方ないか。」


“は、はい……?”




「会っておいで。」


「君の言った通りであれば、港町で、人間の食べ物を喰らい尽くしている筈だから。」



……??


何のことだか、さっぱり理解できない。


「きっと、そこら中にいるのだろうね。」




――――――――――――――――――――――




「君がこの世から去れば、俺は君を追いかけ、この世から発つつもりだった。」


「一人きりの寂しさなんて、あって堪るかって。あの時、そう思ったから。」



「でもね、Freya。君はこう言ったんだ。」



「この世の果てで、またお逢いましょうって。」




「ねえ、Freya。」


「案外、そこに座って、あの海を眺めているのかい?」


「……あの狼と。」




「それとも……?」




――――――――――――――――――――――




走れない。


俺はどうせ、脚が遅くて良かった。

追い付けなくても、構わない。


しかし、貴方が待っていてくれる。それは初めてだ。

一刻も早く、馳せ参じたいと言うのに。


縺れる四肢、それが赤仔らしく、もどかしい。



この世に置いて行かれた残党は、到頭俺達だけ。

こんな群れで、冬は越せるか?


二度とおずれないとさえ絶望させられても、

着々と近づく、銀狼の足音。


それを貴方が、感じてくれているのなら。




この鼓動の高鳴りに、俺は生の実感を言い得ても良いのですか。




小春日和の狂気だ。

飢餓によって空っぽになった鼻先を襲う猛烈な食料の臭いに、眩暈を起こした。


ぞっとするような倒錯に、毛皮を剥がされるような快感を覚え、


「置いて行かないで…!!」


大通りを外れた一角、

冬至祭の賓客に鉢合わせてしまったらしい。














「誰が、あの老い耄れの外套と、神具を掘り起こしたか…」


「主の縄張りへ狼藉の無礼をはたらいたか…だと?」







「我に、身に覚えは無いな。」


……。


我が狼に至っては、そのように堂々と白を切る始末である。







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