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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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319. 誰に憑いた

319. Familiar-Possessed


待て、待ってくれ。


何かがおかしい。

おかしいんだ。



俺を孤立させるその一匹(ひとり)ごとは、段々と距離的に遠ざかるにも拘わらず、

耳元で、溌溂とした息遣いは、はっきりと聞こえたままだ。

足音も、お前の小刻みなトロット、ただそれだけ。


俺の視界には、依然として、傷跡生々しく転がる四肢と、荒れ果てた闘技場を吹く砂埃だけ。


なのに、お前が屈託なく見せる暑苦しい笑顔が、思い浮かべるでもなくちらつくのだ。

ああ、お前との付き合いも、存外長くなり過ぎてしまったか?




そして、その遥か先で、もう一組で呟かれる会話。

研ぎ澄まされた聴力を持つならば、微かに聞き取れなくも無かっただろうか。


「Freyaは…何処に行っちゃったのかな。」


「それだけ、気になってる。」


「でも、それぐらいだ。」


「一緒の場所に行けたら良いなとか、今は、そう思わない。今は…」




「泣かないよ…!Freyaに言われたんだもの。」


「泣くもんか…!絶対に…!!」


彼は鼻を啜って笑う。


「俺は…俺は彼女の言うことを、これっぽっちも聞いてあげられなかったような奴だ。」


「それが、最期のお願いぐらい、守ってやらなくてどうする…!!」


「あははっ……悔しいとでも、言えば良いのかな?」」


「やっと…やっと……Freyaに相応しい人間に、なれたと思ったばかりだったのに…」




「ふれぁっ……」


「ふれあ゛ぁ゛っ……!!」


ぼろぼろと流れるのを止めない涙が鮮明に想像されて、俺は思わず目をきつく瞑る。

それが、Teusに対して失礼であると気づかされ、見開いた景色は当然、罅割れた右前脚の裂け目から覗く赤黒い傷口でしかない。







“……。”


それで到頭、俺は石化したように固まった身を起こす決心をしたのだった。


不本意なことだ。

あと数日、ここでだらりと身を横たえ、来客を待ち詫びるつもりでいたのに。


あの日、俺が待ち望んでいた救世主とは、今度こそ正しく、俺を殺してくれるのだろうと。

形容しがたい高揚感に、命を繋ぐ動機を与えられながら。

その前に息絶えてしまうのは、冒険者の物語に水を差してしまうだろうからな。

弱り切った身体であっても、討伐の価値ある戦利品(トロフィー)であろうとしたのだ。




道中でSkaに気配を感じ取ってもらう形で追いつき、Teusの元へ姿を現すつもりでいた。

正直、甘い見立てであったと認めよう。

だが、四つ脚のどの一つさえもが、思った通りの挙動を示さず、

空腹な狼のご機嫌な散歩足にさえ、大きく水を開けられる始末であるとは思いもしなかったのだ。


当たり前と言えば、その通りであるだろう。

ミニョルニルは、怪物特効の光を有していると、身に染みて思い知った。

傷の治りが、Garmに痛めつけられた時と比べても、遥かに遅い。

おまけに砕けた骨どうしの接合が悪いようで、蓄積されたプログラムを全て書き換えられてしまったように身体のバランスがガタガタだ。



そんな見てくれで、顔面も怪物らしく腫れあがっていたと推察できる。

だから、和気藹々と焚火を囲む秋晴れの昼下がり、

彼らが心底度肝を抜かれた表情は心底胸が空いた。



「あれ、意外と、早かったじゃないか。」


“えっ……?えっ?あの…おかえりなさい。Fenrirさん”


それは、招かれざる客に対する驚きを隠しきれないという訳でも、

俺の来訪を、まるで予想外としたいような、歓迎の言葉でもない。


「…?……う、む。」


恰も、暫し席を外していただけかのようだったのだ。


違和感を飲み込み、倒れ込むように伏せる。



既に、葬後であったのだ。

取り戻されるべき日常を始める為の、暗黙の合図を、どうやら俺は見逃してしまっていたらしい。






二人の会話が、気まずそうに途絶えてしまったので、俺はいつも以上に言葉を選ぶのに慎重になった。

様子がおかしいと言うのではない。だが、彼らとの会話を始めるのに、ぎこちなさを乗り越える必要があるのは、確かであったのだ。

いつも通りに、亡くした人が息災であった頃のように、それが彼らの礼儀であるとするのなら、寧ろ軽率に口を開くべきでは無かったやも知れない。


「はて…俺はお前に、その防具の隠し場所を教えただろうか。」


それが見過ごせぬ違和感であったと言うのではない。

繁々と表情を観察するのも、威嚇するようで憚られたから、彼が此方に視線をやった際、反射的に目を背けた折に口走った。


俺の記憶が正しければ、全部、取り上げたはずだ。

彼が裏で、こそこそと面倒ごとを増やす前に、この首を差し出すつもりであったから。


しかし、皺だらけのマントから覗かせる革と金属の光沢は、間違いなく老化が進んだ半身を補う為の神具で間違い無い。

いつの間に、取り返したのだ。


「え?Skaが持って来てくれたから。」


何…?


「君が、隠し場所を教えてくれたのかと思ってたよ…」


違うの?Ska。

Teusはひどく驚いた様子で、Skaの毛皮を撫でる手を止めた。


「お前の仕業だったのか。」


“ご、ごめんなさい…”


本人は、全く悪びれた様子も無く、

耳を萎れさせ、申し訳なさそうにするのは、お前だけだ。


まあ、隠したも何も、Lyngvi島北部に開けられた洞穴の奥深くへ、投げ込んでおいただけなのだが。

仮の拠点であるとは言え、お前が俺の巣穴に勝手に入り込むような奴だとは思わなかったぞ。


“で、でも…お言葉を返す様なのですが…”






“ぼ、僕も、Fenrirさんに教えて頂いたつもりでいたんですけど…”





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