316. 神聖なる介入
316. Divine Intervention
終わることの無い大狼の追撃の最中。
「……。」
Torは、皮肉にも意識を保っていた。
だらりと口元を緩め、うっとりとした表情で。
恍惚に、気持ちよさそうに戯れを受けているように見えた。
そのように錯覚しているだけかも知れない。
だが、彼の眼に、光はまだ在ったように思われたのだ。
それも、彼の屈強さを物語ると言うよりは、
その身体を決して、藁の上に寝かせまいとする、死神の配慮が故であるのだろう。
“丸飲ミハ、趣味デハ無イノダ。”
“最後マデ、耐エ難イ苦痛ニ全身ヲ揉マレルコトダロウ。”
“我ニハ、ソノ痛ミガ分カル。”
“セメテ、主ノ喉ヲ掻キ切ルヨウナ、配慮ガシタイ。”
“ソノ叫ビ声ハ、聞クニ堪エヌ。”
“主ニトッテモ、我自身ニトッテモダ。”
「……。」
「好き…に……し、ろ……」
“……。”
“ソウカイ。”
四肢を潰し、胴より切り離し、
それでも尚、まだ、叩きつける。
そんな傲慢に満ちた、衝動を止め。
死を與うのは、自らの爪では無く、
死を齎すのは、
その、捕食という行為による。
自らに与えられた牙であるからだ。
カランッ……
我が狼は、口元に咥えていた、大剣を取り落とす。
“……。”
その躊躇があった。
鼻先を垂れ、視線を落とした先の獲物を見つめたまま、動かない。
呵責だろうか。らしくない。
空腹では無いのですか。
どうやって、食い千切ってやろうか。
迷っておられるのですか。
確かに、食べ慣れない獲物です。
しかし、貴方は、沢山の死を、そうやって迎え入れて来られたのでは無いのですか。
或いは何を、思い出されているのですか。
そうだとして、もう時間が無い。
……違いますか?
我が、狼。
“……ナルホド、ナ…”
違う。
雨、ではない。
彼が落とした大剣と、そっくり同じものが、
天から墜ちていたのだ。
“……。”
それが、予言された通りに、大狼の眉間を貫き、
彼に、これ以上首を垂れることを許さない。
“済マナイ。”
四肢には、それより一歩も先に進ませまいと絡みつく、黒い艶を湛えた鎖。
今まで見たことの無い綴りで、
“オ……嬢…”
俺に、痛烈に語り掛けて来る。
「…ヴァン神族、豊穣の女神よ。」
その声。
「私の息子を、これ以上。」
俺が耳にすることは、二度とないと思っていた。
「虐げないで、貰えるだろうか。」
皆が、その主の姿を認められずに、薄らいだ暗闇を振り返った。
それが、天より降ったお告げのように響き届いたからだ。
神様が喰らい尽くした世界へ、ようこそ。
そう呟く大狼の一匹が、ただ降臨に天を仰ぐことが出来ずにいる。




