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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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314. 天使の嗜み

314. Angel’s Grace  


その一噛みで終わりだった。


“……。”


決した、という意味では無い。




それからはTorの断末魔も無ければ、

大狼が肉を咀嚼し嚥下する一連も無かったのだ。


全ては、琥珀に埋められたように止まった。


ただその場で見る者は、

我が狼が、大きく目を見開いたままであることに、

どちらにも転ばぬ期待を抱かされ、

固唾を飲んで、見守っている。



確かに聞こえたのだ。


肉が固い地面へと、鈍く叩きつけられるような音。


あれは……。




“オ……”



“オ…嬢……?”




氷が、解ける。

ゆっくりと、時間が、動き出す。


時間を覚えた大狼の身体は、四肢を地面へ突き立てた格好のまま、



まるで、根を泥濘で腐らせた大樹が、

基礎を失った摩天楼が、

倒れるように


観衆が、異変に気付くのは、遅すぎるスピードで、


ゆっくりと、ゆっくりと、傾いていく。




ダァァァァァーーーーーーーンッ……



老婆の身体が、床へと崩れ落ちるよりも、何倍もの衝撃に

視界に映る闘技場の景色がぐわんと揺れる。







「…想定通りだとは、到底言い難い。」



大狼の口の裂け目の端から零れ落ちたTorは、見るからに重傷を負っていた。

転がった胴に、四肢が所々で縺れ、自力で這い出たとは到底言い難い。


呻くこともしない代わりに、息が震え、痛みが遠ざかるのを必死に耐え忍んでいる様子に共感を覚えた。


背筋も凍るような一噛みだっただろう。

しかし、彼は全身を砕かれるような衝撃に、奇跡的に耐えたらしかった。

抵抗を示した証に、右手をだらりと垂らし、肘より焦げた腕先を、乾かぬ血で赤く濡らしている。


今や、闘技場に臨む全ての者が、満身創痍であった。


「本体に期待するのは、ちと、心が痛んだものだが。」


「だが…抗った意味は、あったようだな。」


「神の、ご加護に…感謝しなくては、な…」



“ソ、ソンナ…”


“オ嬢…大丈夫…カ?”



召喚士の(Summoner’s)契約(Pact)。」


「…その支払いが、近いのだ。」



「その巨大な狼の身体が、この世界で生きる為の憑代の命が、やがて潰える。」


「お前が欲するままに、空になるまで蝕み、嘗め回し、果てただけのこと。」



「死神の眼には、見えている筈だ。」


“……?”


「彼女の頭上に浮かぶ数字が刻む、カウントダウンが。」


「それは、あと何分…いや、何秒だ?」


“……。”



「お前が、近づく終わりを、早めている。」




「…檻の中の餌を喰らい尽くした、怪物のように。」


「その終わりに気づかぬか。」


「…この世から消えるのは、お前の方だ。」




「だから俺は、それまで、耐え忍んで見せる…ぞ。」


「此処で、貴様に攫われる訳には…行かぬのだ。」




「我慢比べ…だ…」


Torは、よろよろと立ち上がる。

そして、すぐさま片膝を着いて喘いだ。


「フェンリスヴォルフ。俺の頭の上には、幾つの数字が見えるのだい?」


「…それは、彼女のそれより、大きいか?」



「俺には、見える。」


「せいぜい、同じぐらいってところだろう。」



ゆっくりと、だが、彼が向かう先は、朦朧とした視界の中でも、はっきりとしていた。


“ヤ、メロ……”


“トー…ル、ゥゥ…!!”





「っ……。」


唸り声に魘され、四つ足を着いて倒れる。

だが、彼は止まらなかった。



「許せよ…」



「Teus……」




“ヤ゛メ゛ロ゛ォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーッッッッ!!”




今日も、其方は戻らない。


声が枯れても、必死に呼び続けた、其方の笑顔が。


消える、消える


涙さえ底を尽いて顔を上げた矢先、

濡れる我の、この毛皮。


こんな土砂降りの雨の中で。



もう、起き上がれなくても良い。

その腕は、まだ我に向かって、前に動くか?



その腕は、もう…



主の身体が帯びた僅かな熱は、凍り付いた身体を溶かし始めていた。

其方が望むは、当てのない幸せ。


消えていく主の意志に

答えることは、出来ぬのか?



ああ、変わる温度。



「……。」



“ッ……??”



「大丈夫よ、Fenrir。」



“オ……嬢?”



「私は……まだ…」




「だから…お願い。」




「やっと、救えるの。」




「あと、1回で……いいの。」




「それであの人に、託して…」




「それで、私は、終わり。」


「それで、良いの。」


「…私は、大丈夫だから。」




「最期まで、どうか私の全てを喰らって!!」




“ッ……。”


主は、いつもそう。

そうやって、大丈夫だと、嘘を吐く。




“Fre……ya。”




終わりの鐘の音に重なる、主の声。



それも、もう良い。




“……。”




“ワカッタ。”




そんな希望は、もううんざりだ。














“コンナ怪物ノ見テクレヲ、許シテオクレ。”




“其方ノ死ノ影ガ濃クナルホド、”




“我ハ、ソノ役目ヲ果タシニ、存在ヲ増スノダカラ…!!”









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