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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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313. 勇者のくせに 2

313. What did I do to deserve this 2


黄金砕き。


怪物退治に特効があると評判だった、

お得意の範囲攻撃は、あっけなく封じられた。


巨体によって僅かにうねった地平は、彼から英雄的殴打の技を奪う。



しかしその程度で、絶望させられたと思うな。



Torが紺青のマントの代わりに羽織った覇気が、

周囲に立ち込めた霜の冷気を打ち消し、湯煙へ変える。


孤軍とさせられたあの勇ましい兵士は、誰に向けて怒り、何に対して猛っているのだろう。


きっと当の本人にさえ分からない。

嘗ては、知っていた、見出せていたのかもしれないが。

そんなもの、疾うの昔に忘れてしまった。


だが、主が闘う理由とやらは、きっと肯定されるよ。

それが、死に至るまでの、生きる道であると言うのなら。


楽園への追放、それこそ、オ嬢の露払いを任せられた俺の為すべきことだから。


どうか、女神の加護を失ったその世界で、

主が彼女と出会うことの無いよう。



Torは、左脚を大きく踏み出し、大狼に向って険しい表情をがばりと上げると。


「はぁぁぁぁぁっ…!!」


“……っ?”


雷鎚を、宙に向って、放り投げたのだ。


重心に振り回された柄が、不規則な孤を描いて、大狼に向って行く。


武器を投げ出す。

それの意味するところは、

投了、か?


いや、違う。


“下ガッテイロ、オ嬢。”


彼は、全速力で、真っ直ぐに向かって走った。


少しでも、両腕の空いた距離を稼ぐつもりだろうか。

Teusよりも屈強な筋肉を纏っているにも拘わらず、大した瞬発力だ。

地道な鍛錬を積んだ人間の動きとは、本来このようなものなのかも知れないと思った。

とても、平生から緩慢な動きで狼と触れあう彼とは、比べ物にならない。

あいつが、運だけで戦場を生き残って来たというのも、甚だ疑問だ。


だが、彼は目を見張るような俊敏さを披露している訳では無い。

大狼が、黙ってその接近を許し、しかし瞬きすることなく見守っている程度には。


「っらあっ……!!」


高々と右腕を掲げ、Torが雷鎚を受け取る。

そして、次の踏み込みに、彼はその掛け声を合わせて大きく飛び上がった。


重力に抗うような跳躍に、彼もまた、元来は天を司る神であったことを容易に想像させる。


迫ったのだ、大狼の顔面まで。


しかし…それで、何だと言うのだ…?


我が狼が、素直に大口を開き、勇者が飛び込んで来るのを待つ筈も無い。

一歩退いて、Torから距離を取ると、振り下ろす前脚で応戦する。


この、猫がじゃれるようなサイズ差。

勇者相手に、怪物も手を焼いているのが見て取れる。


「ふんぬっっ!!」


ガキンッ……


当然、致命傷とならない威力の鉤爪で切り付けられ、あっけなく終わるかに思えた。が、


バチチィィッ…!!


「ぐぁぁっ!!」


“チィッ……”


身体がバウンスするほどの勢いで叩きつけられ、地面に転がるTorに対し、

大狼も、追撃の爪先を反射的に引っ込める。


何だ…今の……弾けるような衝撃は。


神具の大鎚が、黄金がくすんで、黄昏色味を帯びている。



“……。”


“オ前ノ制御無シデハ、容易ク暴走スルラシイナ。ソイツ。”


“握ッテイラレルノハ、ソノ鉄ノ籠手ノオ陰カ?”



Torは怯むことなく、すぐさま四つん這いから立ち上がる。


「まだまだぁっ!!」


“ソイツニ、触レナイニ越シタコトハナイ、カ。”


タンッ…



「っ!?」


「ど、どこだっ…?」


“確カニ、貴様ニハソノ闘志ヲ宿シ続ケテ貰イタイモノダガ。”


“…カト言ッテ主ノオ遊ビニ付キ合ウ気ハ無イノダ。”


何度、その躯体からは想像もつかぬ挙動に、翻弄されたことか。

俺の動体視力でも、追い付けない。


彼は再び、宙を舞っていた。


“踏ミ潰シテクレルッ!!”


「……っ!?」


あの狼の、顔を見てはならない。

鼻先を背けた方向へ、駆け出すように、容易く騙される。

足元だ、もっと言えば、全身が繰り出す瞬発の方向を見抜かなくては、彼の裏を書くような戦術は成り立たないと思った方が良い。


仮に、予測が成り立ったとしても、

そうだ。その眼にもとまらぬ、俊足。


「ぐっ……」


彼は直感で緊急回避をやってのけるも。

次の瞬間には、Torの背後から爪を忍ばせていた。


バンッ……!!


地面への叩きつけも、自分の周囲だけに発生させるだけの防護魔法としてなら、まだ使い道がある。


「はぁっ…はぁっ……」


しかし一発の持続時間は、それ程でもない。

振り返ったすぐ目の前には、大狼の大口が彼を飲み込まんと迫っていた。


“ウガアアァァッーッ!!”


「っ……!!」


ローリングで抜け出せるほど、開かれた狼の口は小さくない。

ハンマーも、たった今、地面から鎚が持ち上がったばかりの体勢だ。


詰みの一手を察するのに、十分だった。

にも拘らず、彼はまたしても、黄金迸る雷鎚を手放すのだ。


「お゛あ゛あ゛あ゛゛―――――っっっ!!」


そう、素手で。

鼻面に向って、ぶっ放す。


“ヴッ……??”


思わぬ威力に、大狼は大きく目を見開く。

艶のあるこげ茶の鼻に、ぐにゃりと皺が寄って、色の無い血が飛散する。


そしてそのまま、全体重を押し込んだ大狼と共に流されて行く。


「う゛う゛っ…うあ゛あ゛あ゛―――――っ!!」


背中で数メートルを滑り、最後には、がくりと頭を地面に横たえる。


「はぁっ…はぁっ…あぁっ…」




“ブッ…”


血反吐を吐くと、大狼は何が起こったかを理解する為に、全身の毛皮を静止させて注視した。


“……。”


“ナルホド…大シタ怪力ダ。”



“概シテ主ハ、巨人狩リノ専門家、トイウ訳カネ…?”


“簡単ニ捻リ潰セルカト思ッタガ、トンダ誤算ダッタラシイ。”


Torは、豪胆に笑い立ち上がった。


「ふははっ…制空権は、譲ってやる。」


「だが人間は、喰い慣れていないようだ。」




「とはいえ、次に手合わせする頃まで、このように拮抗していられるものか…」


「なあ、我が友よ。」


「……。」


「俺は、お前のようには、行かないようだよ。」




「だからこそ…今、此処でやるっ…!!」



「一発、一発でも当てさえすれば…」


「それで、耐えられ無かった者はいない。」




「其処に伏した貴様の現身は、これを棘鞭か何かのように思っているようだが。」


「アース神族が誇る戦士の膂力は、こんなものでは無い。」




「……。」


「…まさか、此処で外すことになろうとはな。」


Torは、俺とSiriusを退治し終えた時に一度外した鉄の手袋を外し、


それから、もう一度、素手で地面に落した鎚を拾い上げる。


ジュウゥゥゥッ……


「…っ…」


「う゛う゛っ……」


“……ッ!?”


持ち手から、煙が上がった。

焼け付いているのだ。


「……。」


「これで、もう手放さない。」



そして、刻まれたルーン文字が放つ光は、今や黄金とはかけ離れ、

血染めの月が如く、脈々と波打っている。



「たった今、こいつは、飼い主を失った。」


「お前を屠るまで、我がミニョルニルは、力を増し、暴走を続けるだろう。」





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