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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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312. 奇跡さえ超えて君の元へ 3 

312. Meteor 3


目を瞑れば、望郷に駆られそうな寒風が、闘技場を噴き荒ぶ。

その冷気が、俺の鼻をくすぐる理由は、分かっている。


霜の匂いだ。

英雄から、色ある視界を奪った、あの濃霧と同じ。


あいつが外套をきつく肩に巻き付けそうな冷たさだ。

神具諸とも、取り上げてしまったことを、今更になって後悔している。


「出方ヲ窺オウナドトハ、甚ダ勇敢サニ欠ケルトハ思ワンカネ?」


「ソレトモ何ダ…?」


「躊躇シタイ事情デモ、アルト言ウノカ?」


Torは、口でこそ豪胆な兵士の態度を崩さずにいたものの、

武器を構える素振りは、露ほども見せず、

大狼をじっと睨みつけるだけだ。


しかし、刻一刻と、その身体から、熱は奪われていく。

染み出していく生。


「主ヨ。ソレハマルデ、救援ヲ待ツマデ耐エヨウトスル、戦線ノ兵士ダ。」


「我ヲ、狩レヌ。ソウ確信シテイルヨウニ見受ケラレルガ。」


「コノ仲裁ヲ止メニ入ッテクレル、父ナル存在ノ一声ヲ待ッテオル。違ウカ?」


「……。」


そうだとして、貴方はどうするおつもりなのです?


私たちを、神々の意志から遠ざけて下さる。

それ以上を、この哀れな勇者に、望むのは残酷です。

御存知なのでしょう…?



「ソレトモ、主ヨ。慈悲深イ神様ハ、最後マデ。」




「狼ヲ殺スコトニ、躊躇イヲ覚エルノカ?」




そこまで、半ば挑発的に、

そして自身が表現したように、独壇的な立ち振る舞いを愉しんでいたように思えた彼の表情から、

笑みが消えた。




「アノ老イ耄レト同ジヨウニッッ!?」




わ、我が狼……


俺は心の中で呟く。


その時、父さんや、母さんと同じような存在になっていることに、初めて気づかされる。

怖かった。貴方が。


その眼を血涙が溢れんばかりに見開き、

毛皮を逆立て、牙を剥き。


誰かの命を、ある種、はっきりとした目的を以て奪うのだ。



その姿を、貴方は、

全て喰らい尽くした私の記憶に、見せようとはしなかった。


人間の否定としての狼を追い続けた私から、その姿を晦まし続けて来た。


それは、何故ですか?


私を、肯定してくれるため?

心優しい狼になれる。そう信じ続けて来た私を。


ずっと、そう信じてきました。

それを今の貴方に問うことが、堪らなく恐ろしい。




「我ハ…、我ハァッ…!!」




「アノ場デ、Yonahノ元ヘ連レテ行ッテクレタラ良カッタノニ…」


「ドレダケソウ、嘆イタコトカ…!!」


「主ノセイデ、我ハ今モコウシテ、地ノ底ニ縛リ付ケラレタママ…」



「主モマタ、アノ男ト同ジヨウニ優シク、愚カデ、ソシテ人好シデアリ…」




「我ニ、人間ヲ殺サセル者デアルカッ…!?」




俺のせいだ。

皆、みんな、俺のせいで。


Teusの時だって、そうだった。

俺さえいなければ、


怒りに口調を荒げ、周囲の空気を弾けさせ、噛みつくように、在りもしない本性を剥き出しにする。


そんなことをせずに、済んだはずなのに。




怖いよ、

Teus。


怖いです。

我が、狼…。


どうして、みんな。


直に、俺まで…



「答エロッ、主ヨッ!!」


「主ニ全力デブツケルコト、履キ違エテイルト承知ダ。」


「ダガ抑エキレヌコノ感情が、受ケ止メキレヨウカ…??」


「今ニモ、我ノ腹ノ内カラ、食イ破ッテ来ソウナノダッ!!」




「モウ抑エキレヌゾ。主ヨ。」


「狼ハ、狙ッタ獲物ヲ、疲レ果テルマデ、執拗ニ追イカケマワス。」


「ソレハ、知ッテイヨウナ?」




「主ハ、逃レラレンヨ。」


「死神カラ。」


「我ガ望ンダ死ヲ、迎エサセテヤルコトカラ。」




「フゥー……ウ、ウウゥッ」


「フフッ……」




「故ニ主ヨ、武器ヲ構エヨ。」




「…低ク。ソウ、低クダ。」




「我ハ主ニ、一滴ノ慈悲モ与エヌゾ。」


「貴様ノヨウナ下種ガ、オ嬢ノ王国ニ至ル事ナド、断ジテ許サヌ。」


「今度ハ、我ノ方カラダ。」


「一匹残ラズ…、我ガ裁イテヤロウゾ。」


「安ラカナル、藁ノ上デノ死ナド、貴様ラニ迎エル資格ナド無イ。」


「Hellheimカラ、追放シテクレルワッ!!」




“フシュルルルルルゥゥゥ……!!”


「っ……」




「……。」


「殺 シテヤル。」


そこで、人間の言葉は途絶えてしまった。








「どうやら…真に、止むを得んようだ。」


「異存は無いな、我が友よ…」


Torの表情に、僅かに力が籠った。


「残念だ…Teus。」


何かを悟った者のする、頬では無かった。




「神に、慈悲を与えるだと?」




「ヴァン族は、狼の扱い方さえも心得てはいないらしい。」


「まだ、お前の方が、上手にフェンリスヴォルフを躾けられていたようだ。」




「不遜であるぞ…!!」




高々と鎚を掲げた身体が、ふわりと宙に浮き、

黄金の火の粉が、再びルーン文字から迸る。


「まずいっ…!!」


逃げなきゃ。


全身が警笛を鳴らすも、観客へと成り下がった身体は言うことを聞かない。


「Siriusっ……」


傍らでぐったりと動かない彼だけでも、俺の口の中へ覆い隠せないか。

で無ければ、地面を駆け抜ける亀裂は、この仔の命を。


それだけじゃない。

Teusや、我が狼のすぐ脇に控えるFreyaだって。


Torの振り落とす雷鎚は、皆に平等であるのだ。




「地に伏せよっっ!!」







“低ク構エヨト、言ッタハズダ。”


“頭ガ高イ。”


「っ……!?」




しかし、大狼は、それを遥かに超えて、飛翔する。







高く、高く。





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