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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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312. 奇跡さえ超えて君の元へ 2 

312. Meteor 2


その呼び声は、遠吠えの如く響かない。


流星が従える尾のように、低く長くは棚引かない。


それでも、狼も寝静まる夜半の刻、


幾日も静寂を保ってきたかに見えた減衰の扉が、


ギィィィィィ……


ゆっくりと、開いたのだ。




“……。”




――――――――――――――――――――――




「そんな、馬鹿な…!」


Torの乾いた絶句には、先まで一切感じられなかった焦りが、ありありと滲んでいる。

武器を携えた右手に力を籠めることさえ、忘れている程に。


「一体、どうやってっ??」


その狼の名が、呼ばれたことで、神の視点から、全てを理解したらしい。


「た、確かに、ディッチャは、転送路を歩いていた筈…?」


「迂回路だって…!!」




「つまり、あれでさえ、完全では無いと言うのか…?」





「なるほど……」


「どうやら、遅かったようだ。解放済みであったとは。」


「私の驕りが故、か…。戦場を離れれば、そんなことにさえ、気づけなくなる。」




「父上。どうやら、今日は2匹も、相手取らなくてはならないらしいようです。」


「…encore(アンコール)の拍手など、聞こえては来ませんが。」


「その唸り声、本物らしい。」





捉えた音は、突風だ。

地に広がった外套を巻き上げて攫うと、

低いうなり声を伴って、地を這い舞台の中央で吹き上げる。


それを従えているかのように、彼女は動じない。




“……。”




毛皮からは、霜煙が絶え間なく溢れ、

青白く彼の存在を一層際立たせ、

唐突に訪れる冬の冷気を纏って靡き、彼女の脇へと寄り添う。


開かれた瞳は、夜明けの雪上が如く青かった。


そして、敵を見れば、不敵に笑う。



あいつの面影はしっかりと残されているのに。


その一挙手一投足に、どれほど身を焦がされ、狂わされてきたか。



“フゥーー……”



大狼は、吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出す。

口元で僅かに上った白煙は、まるで雪景色へと様変わりした外界の実感だった。


“呼ンダカイ…オ嬢ヨ?”




“ドウシテ、我ノ名ヲ…?”




“我ノ名ヲ、知ッテイル…?”


「勿論、知っているわ。」


Freyaは、狼が差し出した頬の毛皮に両腕を添える。


彼は、またしても、屈まなくてはならなかった。

彼女は、まだまだ、子供だったから。


「私、覚えているもの。」


「遠い、遠い昔の、物語だけれど。」




「けれども、遊んだ仲間を、覚えているわ。」


「そうでしょう?」




「ねえ、パパ?」


“フフフ…”


“ソノ方ガ、聞キ馴染ミガアッテ良イ。”


“待タセタナ、Freya。”




舌先で、恭しく、頬を舐める。それがありふれた、嘗ての挨拶であるらしかった。




“ドウダ?久シブリニ、背中ニデモ乗ルカイ?”


「ええ、良いの…?」


「でも私、こんな身体で登れるかしら。」




“アア、大丈夫。是非、乗ッテ欲シイノダ。”


“我ハ、其方ヲ、迎エニ来タノダカラ。”




“ソウ…迎エニ来タノダ。オ嬢。”




「…ええ。ずっと、待っていたわ。貴方のこと。」


“……。”




“ダガ、ドウヤラ主ヨ。其方ガ憂慮シタ通リトナッテオルラシイナ。”


“ソノ前ニ、我ハ家族ヲ、救ワナクテハナラヌヨウダ。”



“ダカラ、其方ヲ乗セルノハ、少シダケ、待ッテイテクレルカ?”


「お願い、できるかしら?」


「お願い…助けて、Fenrir。」


「みんなのこと。」


「あの人のこと。」


“…勿論、オ嬢ノ頼ミトアラバ、”


“地獄ノ底カラダッテ、駆ケツケテ見セルサ。”




「ソウイウ訳ダ。英雄ヨ。」




「我ニ、モウ一度、英雄ノ座ノ眺メヲ見サセテクレルノカ?」


「モウ一度、アノ時ノヤリ直シヲ、今度コソ、」


「ヤット、我ハ、家族ヲ救エルノカ?」


「コノヨウナ独壇場ニ、我ヲ?」


「ゴ招待頂ケテ、光栄ダ。」




「…ソシテ、主ヨ。」


「…久シイナ。」







「サア、ドウシタノカ。」


「主ヨ、我ヲ…狩ルノデアロウ?」




「……。」


「…無論、そのつもりであるとも。」



Torに賢明さが残されていたのであれば、少なくともこの場で彼を、一人で相手取ることを選びはしなかっただろう。

だが、一介の戦士として、挑まなければならなかったのだ。

己の驕りを自戒こそしておきながら、

彼は既に、一匹の退治を成功に収めている。

それならば、今此処で、筋書を変えることも、或いはできるやも知れない、と。


或いは、単に、自らが犯した失態を拭い、挽回しなくてはならない任に怯えているのか。


何れにしろ、傍から眺めていれば、無謀だった。


どちらが、狩られる側であるのかを、まるで分かっていない。


どちらが、狩りの最高峰であるのかを。




私では、遠く、遠く及ばない。





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