312. 奇跡さえ超えて君の元へ
312. Meteor
「ほう…これはこれは…」
「確か貴女は、Teusが迎えたと言う、ヴァン族の妃の…」
「これは驚いた。形ばかりの契りを結んだ中とは言えど、一族が催す冬至祭のご招待に預かっていらっしゃったとは。」
「しかし、申し訳ございません。今日は、もうお開きなのです。」
「喩え、運命の神様が、抗ったとしても、これはもう、覆ることは無い。」
「ですから、事の顛末を見届けるのなら、彼のご友人として、歓迎いたしましょう。」
「是非とも、ご覧になってください。」
「…この狼の最期を。」
「テュールさん、此処までで、結構です。」
「ありがとうございました。その身体で、車椅子を押して下さって。」
「…大変だったでしょう。」
「良いんだよ、気にしないで。ごめんね、こんなに時間がかかってしまって。」
「…待ってね、今、降ろしてあげるから。」
「階段、歩けるかい…?」
「待って、下まで…」
「あら…お嬢様抱っこだなんて…」
「して貰ったこと無いだろう?」
「これが、唯一、俺にしか、出来ないことだと思うから。」
「うふふっ…そうですね。」
「本当に、ありがとうございます。」
「それじゃあ、行ってまいりますね。」
「うん…。」
「ねえ、俺も…」
「俺も、やっぱり…」
「……」
「ごめん……」
「……。」
「テュールさん。」
「どうか、見守っていていただけますか?」
「…私、どきどきしてしまって…」
「こんな舞台の上、初めてです。」
「拍手なんて、必要ありませんから。」
「いつものように、笑っていて下さいますか?」
「……。」
「わかった。」
「行っておいで。」
「Freya。」
「はい、テュールさん。」
そう微笑むと、老婆はスカートを摘まんで、恭しく頭を下げた。
初めは、すた、すたと。
とてもその容姿に似つかわぬ歩調で、彼女は中央へと進み出る。
やがて、今にもスキップへと変わりそうな軽やかさで。
「ふふっ……」
鼻歌まで聞こえてきそうな、ご機嫌な足取り。
すっかり童心に帰った彼女は、少女が自らの為に敷かれた道を味わうように、くるりとバレエのように廻って
透き通るスカートの裾をふわりと膨らませた。
それはまるで、お気に入り獣道を散歩する尻尾の様に。
「そう、Freya殿…でしたか。」
「此処は、闘技場ですぞ。ご覧の通りだ。」
「其処へ降り立つことが許されるのは、勇敢な戦士か、或いは…」
「その名声を際立てるために差し向けられた、猛獣でしかない。」
「貴女は、そのどちらでも無い、違いますかな?」
「女子供に、手を上げる程、私も落ちぶれてはいないのだ。」
「増してや…」
「おい、お前からも、言ってやれ。」
「聞いているのかっ!?Teusよ。」
「俺かい…?」
「俺は……」
「俺はもう…何もできないよ。」
「こうやって、見守ることしか出来ない。」
「ただの、無力な…」
「老い耄れた人間だから。」
「でも、そうだね。」
「もし、言うべきことがあるとすれば…」
「奇麗だよ、Freya。」
「本当に奇麗だ……」
「ごめんね、これで良かったのかなんて言って。」
「そうさ。君の最期なんて…」
「どんな一頁だって良い。」
「……良いに、決まっているんだ。」
彼女は、もう一度、華麗に廻って、
その皺枯れた冬の枝木のような腕を、すらりと前方へと差し伸べて。
Torを指さしたのだ。
「さあ、おいで。」
「Fenrir。」




