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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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311.おおきなしっぽの、ちいさなぼうけん

311. A big tail's little adventure


「あ゛、あ゛ぁ……」


「うあ゛ぁっ…うぅ…うぅ…」


「いやだっ…そんなっ…」


「我はぁっ…我は……」


(ぬし)のことをぉぉ…」






呆然として覚束ぬ様は、飢餓の狼の足取りよ。


「げほっ…うぐぅっ…う゛う゛ぅぅ……」


兎に角、何か、別のものが喰いたかった。

この口元に残った肉塊と、血の味を忘れるためであった。

鼻の内側へこびり付いた、其の臭いを引き剥がすためである。


舌を噛みちぎり、鼻を捥ぎ取りたい。

これを味わい、嗅いでおるそれは、我の身体の一部では無い。

この記憶だって、元を辿れば、きっと我の有した物語の(ナラティブ)自己(・セルフ)と繋がっていた言われなど無いのだ。


この毛皮を、剥ぐように。

願わくば、我の記憶から、あいつの記憶全て諸とも。

それが出来るのなら、何だって良い。


そうだ。この土地の片割れは、数刻前までは人間どもの住処であったのだ。

ならば、彼らの有する食料の一つや二欠片、探れば出て来るに違いない。


なんと、屈辱的発想だ。我が、人間と同じものを口にするなど。

だが、今は、それで良しとするより他にあるまい。


下呂のような味であれば、寧ろ本望だ。

我にとっては毒物であるのなら、尚よい。

見たくない、ただそれだけの理由で喰らい、この腹の中に溜まった異物を、

それと分からぬ形で吐き出してしまえるのなら。


何だって良い。どんな下手物でも良いから、口直しに含んで、

希望の川を飲み干すまで、水を飲もう。


我に、涙を枯らさせるな。その為の水だ。

頭が壊れるまで泣き喚いて、おかしくなってしまえ。


そうして、全てを忘れられたなら、

我はあの洞穴で、皆の残り香に囲まれながら、ずっとずっと、眠るとしよう。







「Di…r…u」


「……」


少しでも気を緩めれば、其の名が口を突いて出そうになっていけない。

貴様のふやけた笑顔など、露ほども思い出したくは無いのに。



我は一刻も早く、この土地の切れ端から、立ち去らなくてはならぬ。

さもなくば、我が再び、どんな愚弄をしでかすか、分かったものでは無い。

復讐者の火種を再び燃やすのも、其方の足跡を追わんと首根を差し出すのも。

今はもう、沢山だ。



破壊の限りで突き進んで来たヴァナヘイムの街並みを、老狼の足取りで尾を引き摺り歩く。

言うまでも無く、その景観は、我の潤目に実に新鮮に映った。


これが、在奴が嫌と言っても聞かず、散々我に語り聞かせて来た、ヴァン族の故郷であるのだ。


本当に、人っ子一人、居らぬのだな。

そうでなければ、これが英雄的行為と称されることは無いので、当然ではあるのだが。

しかし、取り残された仲間を切り捨てるような勇気をお前が持ち合わせていなくて助かったぞ。


こんな見てくれの我では、烏合の民など、立ちどころに怯えて逃げ出すであろう。

舌はだらりと狂犬の如く垂らしたまま。

口から顎元の毛皮にかけて、べったりと血を垂らし、けれどもそれを舐めとるのが怖くて、そのままにしている。

これでは、次の獲物を探し求めて歩く怪物と大差ない。


けれども、それで良いのだ。

貴様の招待を受けども、此処は我が闊歩して良い縄張りでは無い。

迷い込んでしまった我に、どうか敵意の牙を剥き給えよ。


‘いつか、Fenrirを連れて行ってあげるね。’


‘必ずだよ。’


「……。」


何度、その戯言を、鼻で嗤ったか。


我は少なくとも、主がその時だけは目を輝かせて語る夢が、

好きではあったが、しかし叶えられることは無いと善がっていられたのに。

今になって、浮かび上がる言葉と言えば。


嫌悪感に全身の毛皮が逆立ち、余りの息苦しさに、我は自らの腰の毛に噛みつき毟る奇行に走るだろうと、そう返してやった割には。

思ったほどは、悪くない。


なにゆえ、そのように思うのか。

このみすぼらしい家屋とやらの面々が、古木と同じ匂いを発して我の触覚に媚びてくるからか。

将又、半壊した小都市の境界から流れ込んで来る寒風が、ヤルンヴィドの香りを運んでは、我に纏わせるからか。


そんなことは、あり得ぬ。


我は、とんだ恥晒しであるのだ。

猛省せよ。今も尚、ヴァナヘイムの東部にて捕らわれている我が仔らのことを思えば、そんな言葉が、我の口から出て来る筈など無いであろう。


“Yonah……”


じわじわと、そして気づいたころには、しっかりと、目の前を埋め尽くす其方の笑顔。


“我は、我はぁ……”


“あ゛ぁっ……う゛うっ、うぅぅ……うああぁぁぁぁ……”



“ヨナぁっ……ヨナァァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアッーーーーーーーー……”



頭おかしく、ねじ切れてしまいたい。

生き永らえる限り、ふとした瞬間に、

我が、好ましいぞと目を細めた風の合間に

駆け抜く疎らな木立の影に、

ふいに、引き戻される隙間があると思うと、

それが、いつ、こうして我の尾を引くのかと、考えただけで。


それは、一匹、檻の中で。目隠しをして待つ死よりも、恐ろしい。




何処だ、何処に其方はおるのだ。


何処を探しても、見つからぬ。我の脚が、辿りつけぬ。

何故だ。


そんな世界で、我を決して迎えぬ世界で。


Yonah、其方は。







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