310. ヘルコン 2
310. Hellish Consultation 2
Fenrirさんなら、そうするかなと思って。
その言葉の意味が、初め、分からなかった。
彼は、俺に、褒めて欲しいのだということ以外は何も。
“僕がもし、この島で、”
“貴方のように一匹で戦っていたとして。
群れの皆が、あの大きな箱の中に閉じ込められていたとしたら。“
“Fenrirさん……どちらへ、向かいましたか?”
“僕…とっても、迷いました。”
“そんなこと、今まで考えたことも無かったから。”
“普通に、Fenrirさんに逢えたら、それだけで良いって思ってた。”
“パパはね、好きな方を選びなさいって、言ったんです。”
“僕がパパの代わりに、この土地に降り立ったとして、
それで、僕が貴方を助ける、かっこいい狼になれたとしても。“
“僕らは、氷漬けにされた皆に会えないままですよね。
…そしてFenrirさんは、縛られて動けないまま。”
“それじゃあ、意味が無いんだ。”
“どちらも救わなくちゃ。”
“それが、あの狼さんの意志です。”
……!?
“僕らは、それぞれ、が、そう願ったんです。”
“だからこうして、僕は此処まで歩いて来れた。”
“分かりませんか?人間のお方。”
“この脚は…もう、僕が歩くのを助けてくれないかも。”
“でも、そうしたのは、貴方です。”
“解除済み、なんですよ。”
“僕が、誰に産み落とされたのか。
僕の影に、誰が住み着いているのか。
知っているんでしょう?“
“それを僕から切り離せれば、どうにかなると思って。”
“宿主を…”
“主人を、失いさえ、すれば。”
「……!?」
“時間切れです。”
“今更気づいたって、もう間に合わない。”
“僕らの、勝ちだ。”
“Fenrirさん、僕ね、伝えに来たんだ。”
“彼女は、間違っていなかったって。”
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“これで、良かったのかなあ…”
Siriusには、ああいう風には、言ってしまったけれど。
やっぱり僕も一緒に、着いて行ってあげるべきじゃ無かったのかな。
父親として、今からでも遅くない。
いや、群れの長として、今から、この箱の中に飛び込むべきなんじゃないか。
…でも、それじゃあ、折角の大舞台が、台無しか。
“今回は、お留守番していよう。”
“皆、戻って来るまで。”
この縄張りを護るんだ。
入り口で、眠らずの番は、慣れている。
在りし日の番狼の任務に思いを馳せるのだって、悪くない。
吹き曝しの広場で毛皮を雪に覆い尽くされたって、僕は此処から動かない。
“良いかい、Sirius。”
“今が、その時なんだ。”
“覚えているね?Freyaさんが、君に言ってくれた言葉。”
“うん……。”
“勿論、パパ。覚えているよ。”
“あの方に、Freyaさんの想い、伝えに行っておいで。”
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「ねえ、Freya…」
「これで、良かったのかい…?」
車椅子に、それ以上の重みを感じない彼女を乗せ、暗闇の港町をゆったりと歩く。
きり、きりと、輪の軋む音に、小石を引っ掻く音が混ざり、そろそろ目的地が近いことを知る。
夜な夜な、散歩と言う名の徘徊をしていても、一向に景色に目が慣れることは無かった。
欠色の世界、それ自体、光無くしては生きられなかったんだ。
波打ちの潺が静かだけれども、不規則で落ち着かない。
昨日までは、心洗われるようだったのに。
あいつのせいで、此処まで辿り着くのに、途方も無い時間がかかった。
途中、何度も膝を折って、危うく車椅子を倒すところだったのだ。
こんな時に、がっしりとした身体を貸してくれるSkaも、もういないのに。
次に会ったら、文句を言ってやらなきゃ。
俺から、手足を奪って置いて、それはないよ。
…でも、返してくれ、とは思わないな。
このままが良いや。
こうやって、ゆっくり歩いた方が、
何と言うか、彼女に寄り添う夫として、相応しい気がする。
ああ、でも、ちょっと肌寒いだけでも、君がいないと耐え切れないから。
俺が気に入っていたマントだけ、返しておくれよ。
今だって、膝が震えて、仕方が無いんだから。
「さあ…着いたよ。」
素足を砂に着ける時は、気を付けて。
バランスを崩さぬよう、手を取って、君を起こしてあげるから。
「…ありがとうございます。テュールさん。」
「俺は…反対だよ。」
「あいつに頼るしかない。それは、分かってるけど。」
「こうするしか無いのだとしても。」
「…まるで、死神に魂を売り渡すみたいじゃないか。」




