310. ヘルコン
310. Hellish Consultation
振り返ってみれば結局、自分が散々に痛めつけられる拷問の時間など、さしてどうでも良いのだ。
こうして、同胞が虐待を受ける一部始終を見せつけられる尋問に比べれば。
俺は、縛られているのでも無いのに。
動けるはずなのに。
俺はこの人間を傷つけられない、良い仔であることを、
今更、護ろうと大人しくしているのだ。
Torは、俺がそうすることを期待し、また確信している。
そう、俺はもう、一介の観衆に過ぎない。
だからこうして、心行くまで、一匹の襲撃に応えてやっているのだ。
Siriusだって、単調な攻撃を仕掛けているようには見えない。
慎重にTorの周囲を彷徨き、彼の隙を窺った上で飛び掛かる。
“ヴウゥ…”
二本足で立ち上がれば、Torと同じか、それに近い体格にまで彼は育った。
決して、人間を脅かせない子犬などでは無い。
でも、一匹では。
決して巧みな連携で無くとも良い。
しかし力を合わせ、共に戦わなくては。
狼の狩りとはならぬのだ。
それが、俺には身に染みて分かっている。
「良い加減、その尾に従い、腹を見せたらどうだっ!!」
“ギャヴッッ…!!”
鎚に顔面を殴打され、またもSiriusは弾き飛ばされた。
即座に身体を捻り、立ち上がろうとするまでにかかる時間も、少しずつ長くなっているのが分かる。
頑張ってくれ、負けないでくれ、などと、
Torに贈られる声援が、良いぞ、もっとやれ、必然そう言ったものであるように。
彼の生に、よくもまあ、無責任な声援を送れたものだ。
何も、言えないじゃないか。
何も、言えないはずなのだ。
そうじゃないのか?Teus。
「俺が、遊んでやっていると思うのか?」
「ディッチャよ。」
逃げ遅れた尾を踏みつけられ、じたばたと藻掻くSiriusを冷ややかに見つめ、
Torが高々と雷鎚を掲げる。
“グルルルルゥゥゥゥッ……ヴヴウウウッッ!!!”
駄目だ、もう、見ていられない。
眼を、背けたい。
パキンッ
“……っ!?”
“ぎゃああああっっっ!?”
“あ、ああ……。”
激痛に、苦悶の叫び声を上げる。
義足が、折れたのだ。
彼の半生を支えてきた、枝木が、こうも簡単に。
なんで、なんでそんなことが。
こいつ。
本当に、神様なのか…?
やっぱり、俺は間違っていなかったのか?
Teus、お前がやっぱり、おかしいのだな。
お前だけが、いまや神様では無いと言うが。
初めから、そうだったんじゃないのか。
俺は、俺が縛り上げられる理由そのものを目の当たりにしている。
そう思った。
Torは、見た目に相応しい膂力で、Siriusの毛皮を掴み、俺の元へと放り投げる。
立ち上がる力を失った者同士、お似合いと言ったところか。
「もう良い。もう抗わずとも良いのだ、小僧。」
「そろそろ私も心が痛む…」
「そのまま此処で、あと12日を冬至祭まで過ごしていてくれれば、私はもう、何もしない。」
12日、か。
それが俺の、執行猶予であるらしい。
良いさ、勿論、そうしてやる。
僕は、良い仔だから。
“シリウ…ス……”
彼は、俺の呼びかけに、ぴくりとも反応を示さない。
“ごめん、なあ……”
ショックで、気絶してしまったのだ。
でも、もうその毛皮に鼻先を触れることさえ、俺には許されることでは無い気がしている。
涙など、露ほども出ない。
ごめんなさい、その言葉も、本心から零れたものか、怪しいものだ。
“ふふっ……ふふふっ……”
俺が、殺したのだ。
俺が、この仔を喰ってしまったんだ。
そうに違いない。
倒錯的、短絡的結論が、俺を飲み込もうとする。
そう決めつけて、後で一生、背負いこめば、
取り敢えず、今だけは、
今だけは、どんなに相応しくない言動に駆られても、
許されるような、そんな気がしているのだ。
これは、妄想なのだ。
俺だけが、騙されている。
だから聞こえる。
Siriusの、元気であろうと繕う、健気な吠え声が。
“……さん。”
……?
“さん、あのね。”
“聞いてください。Fenrirさん。”
“あのね……”
“僕…”
“あの門を、通ったんです。”
“Fenrirさんなら、そうするかなと思って。”




