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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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309. 英雄の破滅

309. Hero’s Downfall


「望外な収穫だ。」


それが、終戦の合図だった。

鉄の手套(ヤールングレイブ)を外すと、右手の平をしげしげと眺め、握っては開くを繰り返す。


「元より、ディッチャだけ、捕えることが出来れば良いとされていたが。」


「狩りは大成功を収めたらしい。」


防具を損われた右肩を動き易そうに回すと、ぱき、ぱきと関節が鳴るのが聞こえた。


「…大物を捕えたとまでは行かぬが、尻尾を掴んだぐらいの報告は、出来そうだな。」


「どうだろう。(ハンター)の称号でも、与えて貰えそうかね。」


Torは感想戦だと言わんばかりに、自らの功績を嗟嘆する。


或いは、本来なら隣に並ぶべき、口々に栄誉を称え合う戦友が居ない寂しさから、仕方なくなのか。

凱旋さえすれば、もう沢山と言えるぐらいの称揚に預かれそうなものなのに。

我慢ならなかったのだろう。

この島は、観衆は、未だ静寂を保ったままである。


まだ、余興の最高潮でないと、息を潜めたままだ。





「…これまで、お利口さんに立ち回ってきたようだが、

到頭、化けの皮が剥がれたか。」


「お前は、人間に牙を剥く。」


「あいつの前でだけ、良い仔にしていれば良いと言うものでは無いのだぞ。」


現行犯だ。

もう、言い逃れすら、儘なるまい、か。


「それだけでも、こうして猛獣使いを気取った甲斐があったというものだ。

飼い主には、こっぴどく叱られそうだが…。」


「これは絶交も止む無しか。」


「俺も、そろそろ引退を考えねばな…」


そんな呟きと共に、ミニョルニルの輝きは、到頭潰えた。


“……。”


翻って俺は、闘技場より退場する気力も無い。


自らを戒めるレージングを喰いちぎったはずなのに。

身体がぴくりとも動かない。

ぼろぼろと涙が零れる瞳さえ、閉じられない。


どうしたって、見た目には毛皮に覆われ、見抜けぬはずなのに。

貴方に踏みつけられた古傷がまた開き、

額から、どくどくと生暖かい血が流れるのを感じている。




信じられなかった。

そう言っては、都合が良すぎるのは分かっていた。

そんなつもりは無かったなんて、虫の良い犯罪者の妄言でしかない。


俺は、本当に?

本気でTorのこと、殺そうとしたのか?


これは、英雄的介入。

Siriusを窮地から救う為、仕方なくじゃなかったのか?


俺は…絶対にしない。

そう子供心に決めていた。

自分をどうにかして、怪物でも、そして狼でも無い存在に繋ぎ止めようとしていた、たった一つのちっぽけな理性が、こうも簡単に弾け飛んだ。




彼の首筋を切りつけずに済んで、胸襟ではほっとしている。

こうして組み伏せられて、安心している。

そんな良心さえも、今は無い。


却って湧き上がっても良いような、怒りの一つさえも燻っているのは。

俺は自分のことを、聞き分けの良い仔である、そんな幻想を抱き、そしてそれが打ち壊されてしまったからに違いない。


頭が真っ白だ。

怒られた。それだけの幼稚なショックが、眼前を覆い尽くしている。







“Fenrirさぁんっ!!しっかりしてっ…ねえってばあぁっ!!”


頭が、大狼の爪を喰い込まされたように、ギシギシと痛む。

キャンキャンと甲高い鳴き声が、耳障りだ。


頼む、静かに、眠らせてくれないか。

吐き気が口を突いて出て来るが、それはお前の餌にもなりそうにないぞ。




「さて、お前がこれだけ身体を張ってくれたと言うことは…もう確かめる必要もあるまい。」


「おい、お前。」


Torは、Siriusに話しかけようとするが、お前のような人間の言葉が、聞き入れて貰えるはずも無い。


“僕が、僕がいるのが分りますかっ?ねえっ!?”


「無事、禍を齎す大狼の霊は、取り除かれた。」


「これからは、暗い影に脅かされることなく、健やかな余生を育っていくことだろう。」


「そう慈悲深い言葉を、かけてやりたいのは山々なのだが…」


「万が一のことも考え、お前を手元に置いておきたいと言うのが、父上の意志だ。」


“このっ……よくも、よくもFenrirさんをっ!!”


「あの二匹が受け入れてくれるかは、微妙なところだが、まあ、悪いようにはしないだろう。」


Torが安易に伸ばした手が、彼の神経を逆撫でた。

普段温厚なSiriusが、到頭、眉間に皺を寄せて、唸り声を上げる。


“僕じゃ、僕じゃ何もできないと、思っているんだろっ!!”


“僕だって、僕だって、Fenrirさんみたいに…”



“グルルルルゥゥゥゥッ……”



「なんだ、勇敢だな。お前も牙を剥くか?」


「望むなら、相手をしてやっても構わないが。」


「一匹だけとなると、ちと加減が難しい。赤子の手をひねり、捥ぎ取ってしまうぞ。」



“や、めろ……“


声が、出ない。



「少し待て、鎚を扱うのにも、これを嵌めてからでないと、如何せん制御が難しい…」


「気絶させるつもりが、殺してしまっては、お互い後味も悪いだろう。」


「俺としては、皆と一緒に連れて行ってやった方が…」


“グルルルルァァァッッッ!!”


「ふん……聞いちゃいないか。」


Torは軽い身のこなしで、狼の飛び掛かりをいなすと、徒手での近接戦闘を披露する。

元より、怪物を相手取らないのなら雷鎚を操る必要も無いのだ。


“キャウゥッ……”



顔面を蹴りつけるような蛮行を目の当たりにしても、まだ動けない。


俺は、もう、駄目だ。

舞台から、引き摺り降ろされ、降壇した身。


奇跡を、

たった一つの奇跡を願うことしか、縋ることしか出来ない。






Torは、吹き飛ばされても尚立ち上がろうとするSiriusを冷ややかに見つめながら、

手袋を慎重に、指先までしっかりと嵌める仕草を悠々と晒す。




この仔を、護ってくれる大狼が、まだ。


まだ…



もううんざりだと、戯れに雷槌を、振り下ろす…前、に……




ゴッ…


“ギャウゥッッッ……!?”



何故だ?

何故、奇跡は、起きてくれない?


こんなに、泣き叫んでいるのに。


こんなに、助けてくれと、この仔が吠えているのに。




“我が…おお、かみ……”




……貴方は何処へ、行ったのです?








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