307. 翼はためくままに 2
307. Wing It 2
けれどもどうやら、違ったみたいだね。
今回は、僕の出番じゃないみたい。
“ああ…”
“お前だったのか。”
目を瞑ってさえいれば、その奇跡を享受できると信じて、
ほんの数秒の味わいだったつもりだったけれど。
ひょっとすると、随分と長い時間を、凍てつく吹雪に晒されていたのかも知れない。
その幕間を、埋めるように現れた、
首を傾いだ同胞に、気が付かなかったから。
“……。”
僕は首下へと差し込まれる鼻先を受け入れ、
それから頬から首元まで毛皮を寄せ合い、熱い抱擁を交わす。
それが、凄く安心できたのは、この世界に佇む狼が僕一匹だけなんじゃないかって。
あの狼が耐え抜いてきた日常に、一瞬で負けそうになっていたからなんだ。
“駄目じゃないか……”
冬は勝手に、一匹でこっち側へ来ちゃいけないって。
あれ程、Fenrirさんに、心配されていただろう?
でもFenrirさんは、そう言いつつも笑ってたっけ。
どうせ、言うことを聞かずに、冒険をしたがるものだって。
それを留めようとするのは、余りにも無粋。
群れを離れて、新天地を求めようとする一匹狼を引き留める者はいないよね。
喩えそれが、僕の血を引いた、そして自らの翼を宿した息子であったとしても。
“…行ってあげて下さい。”
“聞こえるでしょ?”
“皆、パパのことを呼んでる。”
“…僕が、代わりに向かうよ。”
……?
“やっと、会えるんでしょ?Fenrirさんに。”
“ずっと待ってた。”
“皆のこと、羨ましいと思いながら。
僕は、この日の為に、お留守番をしていた。そうだよね?“
“ね?今なら、行って良いでしょ?”
“大丈夫、僕なら。”
“僕なら、飛べる。”
“……そう言ってるんだ。”
“ああ……。”
“分かった、行っておいで。”
僕は、今度は自分の方から、恭しく額を彼の毛皮の下へと滑り込ませると、
口先の雪屑を舌で舐めとる。
行くなら、今だ。
風が止んだ。
“あの方の世界を、変えて来ておくれ。”




