306. 筋の戒め 3
306. The Dromi 3
こんな無様な醜態を晒しても、少しも恥ずかしいと思えなかった顔が、明らかに熱を持ったのが分かった。
呆れたことだが、この期に及んで、自分の体裁というものに、未だ興味があるらしい。
見られて、いたのだ。
いそいそと彼らの歓待の準備に明け暮れ、眠れない程の妄想に掻き立てられていた尻尾を。
満面の笑みで舌を垂らし、ちっぽけな同胞らと共に元気にはしゃぎ回る姿を。
此処は、俺の縄張りで、その内側を勝手に覗き見られていたのならまだしも。
俺が壇上へと登ることに同意した時点で、そうなることは目に見えていたのではあるが。
それでも、大狼がこんな風に、無邪気に振舞うことが。
ただ彼らの ’イメージ’ にそぐわないことが想像されて、
気持ち悪いだとか、寧ろ恐ろしいだとか、そう言った感情の露呈を伴わずとも、
ただ困惑の表情で眺められることを想像するだけで、この場でのた打ち回りたくなって。
全身が、この島の気候に耐え兼ねぬと嘆くよりも熱いのだ。
「初めから、群れを狙う、筋書きになっていたのか…?」
そんな一切の悶絶を押しやっての、精一杯の返しだ。
声が、ぶるぶると震えている。
きっと、仲間を標的にされた怒りと取って貰える。そうに違いない。
「そうは言っていない。ただ、彼らもこの島に脚を踏み入れることは、予見していたというだけだ。」
「自由に行き来するまでになるとは、想定していなかったがな。」
「……。」
「そして、繰り返される渡航の中で、お前も薄々、異変を感じ取っていたのだと思う。」
「鉄格子の間隔が、狭くなっていくことに。」
解釈の違いこそあれど、と俺は心の中で呟く。
表現それ自体は、ひどく新鮮で、このような状況でなければ、俺はその議論を好き好んで続けさせていそうだった。
あの箱は、’通りづらく’ なっている。
実に興味深い。彼らは待機呪文が齎す遅延を、そのように表わすのだ。
呪文詰まりが、起きていると。
あまり、良い響きでは無さそうだな。
使い手が少ないとTeusが零すのも、頷ける。
決して高位であることの謙遜では、無かったようだ。
「お前に気づいて欲しいと言わんばかりの、Suspendによる介入が、あっただろう?」
確かに、あった。
あの日の夜、Teusがどうやら介入を目論んだらしい最奥の壁面に。
俺の名を刻んだ、待機呪文の片割れが。
そして俺はそれを、自らの名を半分切り裂くことによって、改変したのだ。
今後の物語の展開を変え得る、そして俺だけが握っていられる、後に輝く欠片となることを願って。
「それだ。」
しかし彼は冷淡に、その過ちを咎める。
「それが、今こうして、墓穴を掘ってしまったお前の敗北へと繋がる。」
「そのメッセージに、お前は到頭気が付かなかったと言うのなら、
傑作とは到底言えまいが、悲劇ぐらいには、受け取ってやろう。」
「尤も、あいつが余計な真似さえしなければ、初めから全てうまく行っていたというものだが。」
「結果として、こうなったのなら、それで良い。」
「当初、Teusが我々に賛同したうえで、群れ仲間の移住を促したのだとばかり思っていた。」
「だが、それに対抗する為とあらば、確かに群れ仲間の全員を動員した方が、なるほど攪乱には効果がある。」
「現に、我々全員が、今の今まで、気が付いていなかったのだからな。」
「肝心の ‘あの狼’ が、乗船していないことに。」
「……?」
「俺達の間では、Disenchantと呼んでいる狼だ。」
「解呪だと…?」
心当たりが、まるで無い。
Teusに付き合わされて、群れ仲間の名前の全てを記憶させられた俺のリストに、似たような響きさえも見当たらないのだ。
けれどもその役割を冠せられた狼の名に、妙な胸騒ぎを感じる。
まさか……?
「俺たちからしてみれば、犠牲は、たった一匹で良かったのだ。」
「お前は、まだTeusが群れ仲間を捕らえ、そして我々に差し出した張本人であると、まだ考えているか?」
「それとも、あいつがそんなことをするはずが無いと、まだ彼を信頼する言葉を俺に向って吠えるか?」
「どちらだ、フェンリスヴォルフ。」
混乱し切った頭の中を覗き込むように、Torの茶褐色の瞳が差し向けられる。
じわり、じわりと、自らの退路を塞がれる過ちを詰られることよりも。
俺がTeusを信じられなかったことを、嘗ての彼の旧友によって詰られている屈辱の方が勝った。
その実感があったから俺は、彼にそのように呼ばれることに対し、無防備に徹していられたのだ。
「その狼には、過去に何度か接触を試みていると聞いている。」
「だが、そのどれ一つとして、成就したことは無い。」
「必ず、お前でもTeusでも無い、何者かによって、手酷い妨害を受ける、と。」
「喩えそいつが、眠っていたとしても、彼の意志に関係なく、だ。」
「言ってしまえば…守護霊のようなもの。」
「その狼だけでは無い。あの森、群れ仲間…」
「……そしてお前までもを、見護り、神々の介入から遠ざけようとする。」
「ヴァン族も、このような霊体に手を焼いていたとは。」
「実に厄介な憑き物を、遺して行ったものだ。」




