306. 筋の戒め 2
306. The Dromi 2
「良いだろう、お前の憎悪を掻き立てる為だけに、教えてやる。」
「お前の仲間は皆、洩れなく捕らわれの身だ。」
「お前がこの数日で、もだえ苦しんで来た想像の通り、そこで悠久の時を過ごしている。」
「あの鉄檻の中で、な。」
鉄檻。
彼は、俺が思いつかないような表現で、あの金属箱の存在を指示した。
「其方も、嘗て見えただろう。」
「父上によって、その入り口を覗き見ることを、促された筈だ。」
「……??」
「覚えていぬのなら、それで良い。」
「それに通ずるとだけ、言いたかっただけだ。」
「……!?」
「彼らは、止められた、時間の中で。その時まで、生きることを許されている。」
「……!!」
何を、言っているのだ……?
何故、罪のない彼らが、徴兵の難に遭わされなくてはならぬのだ?
それを理解するのは、後だ。
もう手遅れであることを、悟るのも。
だって、彼は、取り戻せるはずだと、俺の憤怒を掻き立てているのだ。
心を挫き、縛り上げられたままの剥製とさせる為では無い。
その証拠に、ボロを出した。
遂に、俺が聞きたかった言葉を吐いたのだ。
止められた時間。
そんな寓話じみた奇跡を担うことのできる魔法使いは。
この物語に、一人しか姿を現してはいない。
「…なるほど、な…。」
「あいつ、が…」
しかし、どういうことだろう。
Torは存外、俺の打ち拉がれた表情を愉しむことに興味が無いようだったのだ。
「お前が、彼を黒幕だと思っていると言うことは、つまり、そういうことなのだな。」
「……?」
ふふ、と、またあいつに似た窶れ笑いを零すと、
ドサッ…
「……?」
なんと、雷槌を、その場に投げ捨てたのだ。
「全て、あいつのせいで…計画は丸潰れだ。」
……計画?
「あいつ、本当に、変わらないんだな。」
「……?」
「友として、彼の名誉の為に、断っておこう。」
「あいつとは、かれこれ17千年の付き合いだからな。俺にも、情と言うものがある。」
「昔から、そういうことには、頭の切れる奴だ。」
「Teusは、この件に関わってこそいなかったものの、父上の意志に初めから気が付いていたのだろうよ。」
「お前が転送に失敗させられた時点で、な。」
彼は、俺の口元に座り込んだ。
まるで、俺とTeusがそうやって会話を弾ませるのを見ていただけで、そうしても大丈夫だろうと決めつけるような愚かさを、これ見よがしに披露して見せたのだ。
「ふーっ……」
お前となど、一言も口を交わしたくは無いのに。
もしかして、お前もTeusと同じか、それ以上に、お人好しと言う奴なのか。
確かに、歓迎するとは言ったが。
またお越しください、Teusが喜びますからと。
そういうのを真に受けるような馬鹿は。
あいつだけで十分であるのだぞ?
失せろ。
牙を剥いて、唸りたい恐怖に駆られた。
種明かしを望んでいた俺は、耳を塞ぐ手段に、何度切望したか分からぬ両手を携えた彼を凝視する。
その独白によって、俺の知らないTeusの一面を晒されそうな気がして、
武器を捨てたこの男に尚、本心から怯えていたのだ。
「何故、Teusは初め、その結果だけに対して、激昂したと思う?」
「檻の鉄格子に取り付けなければならなかった…鍵の完成に対して、他の狼の注意を逸らす為?」
「とんだ、的外れ。いや、あいつの演技を、普段のそれと信じすぎだ。」
「フェンリスヴォルフ。お前自身が、鉄檻の中に押し込められてしまったと勘違いしたからだ。」
「……??」
「しかし、それが出来れば、苦労はせぬのだ。お前も分かっているようにな。」
彼の発言は、もう俺がいつでも動けないままに拷問を受けているふりを止め、束縛から解放されて良いと暗に示してしまっていた。
「それでも、どうしようと途方に暮れてしまっていた辺り、あいつは見え過ぎていた。」
「そんな所に…なんとまあ、お前は自らの脚と幾つかの助力を得て、このLyngvi島へ姿を現してしまった訳だ。」
「それで、Teusはとある発言に戸惑い、言葉を失うこととなる。」
「自分は、あの壁に、阻まれたのだ、と。」
「そうだな?フェンリスヴォルフよ。」
つまり、フィルターの機能に留まっていると。
お前はそれを、通れない。
「初めから、そういう機能を以て、デザインされているにも拘わらず。」
「何れにせよ、お前は、この島へやってくる。その知見を齎す者として。」
「…そして、此処までは、想定通りである。」
「其方は、仲間を引き連れ、この島を好き勝手に踏破し、縄張りとしようとするであろうこともな。」
「……?」
「お前が幸せを享受したいと思いさえすれば、勝手に物語は、破滅へと動き出す。」
「……。」
「…群れ仲間の、招集が…?」
「お前達の間に、どのようにして合意に至ったのかは知るところでは無いが。」
「少なくとも、訝しんだはずだ。」
「その数の狼を此方に渡らせることに、何故Teusが反対の姿勢を崩してしまったのか、と。」
「何故だと思う、フェンリスヴォルフ。」
「今となっては、この帰結を導くためであると、誰もが思うところであるが。」
「…そういう意味では、俺もお前も、騙された側にあたるのかもな。」




