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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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305. 失墜

305. Mighty Long Fall


Torはそうとだけ唱えると、右腕を、高々と天に掲げた。


“ま、待ってくれ…!!”


そんな情けない制止の声を挙げたくなるのも、しょうがないことだと思いたかった。

だって、余りにも唐突では無いか。そう釈明するようでは、とんだお笑い種か。


今から、お前を狩るぞ。なんて。

狩人は高らかに雄叫びを上げることをしないのだから。

私が相手だ。そう号砲が鳴らされただけ、まだ慈悲深い。


やはりこれは、余興であるのだ。

冬至祭を、より華やかなものとなるように。

その為の見世物とするには、彼の言う通り、さして起伏に満ちないだろうが。

しかし、観客は、固唾を飲んで、見守っている。


全てを弁論で披露するような、礼儀の良いふりは、最早彼らが望むところでは無い。


到頭、始まってしまったのだ。


従って、俺は、構えざるを得なかった。

それを、決闘に応じる姿勢と受け取って欲しくは無かったが。


“……!?”


直感的に、低く構えなくては、誇張無く死ぬと理解できた。


槌が、ゆっくりと後方へと傾けられ、雷槍の投擲の姿勢を取ったまま、ぴたりと静止する。


すると、


ふわり、と宙に浮いたのだ。


“……??”


あろうことか、一瞬だけ、見惚れてしまった。

その構えは、あの黄金律を思わせたからだ。


“く、来る……!”


だが一瞬にして緊迫した空気感に気圧されぬよう、俺の表情は、観衆を意識から追いやることで削ぎ落され、遊び相手を睨むように瞳を輝かせた。


雷槌(Mjonlir)が振り下ろされるその瞬間を、決して見逃してはならない。


“っ……”



着地まで、随分と時間がかかった。

まだか、まだなのか?


時間が、ゆっくりと流れるような錯覚に捕らわれる。

なんて遅延(Delay)だ。


いつだ。いつ、四肢に力を込めて、飛び退れば良い?


俺が日和って、先に動いてしまえば、その動作の終点を駆られる。

彼はそれを分かっていて、それ故主導権を存分活かし、悠々と力を籠めているのだ。


本能的に動いたら、そこを咎められる。

反射に、ぎりぎりの理性を残せ。




雷槌に刻まれたルーンが、黄金色に輝き、脈々と文字を這って流れる。

その光が迸り、いっそう深い輝きを見せた刹那。


“……?”


優麗なる所作から一転。


振り下ろされる一撃は、粗野で、地面目がけて一直線であった。




ドゴッ……


“え…?”


本当に、これが北欧神話最強の戦神の姿か?


青筋立てた隆々たる筋肉も、戦場でしか得られぬ紅潮も、見て取れない。


まるで、コマンドを受ければ、自動的に発生するとでも言うように。

雄叫びの一つだって、上げやしないのだ。




そして俺の耳が、ようやく捉えたそれらしい音は、槌が打ち付けられた地面からでは無いと瞬時に悟る。


槌の足元から、放射状に割れた地面の亀裂に沿って、光が幾千にも走っている。


そして、激しく上下に霞む視界。


“あ…!!う……??”


体験したことの無い崩壊に。

俺は危うく、回避行動を怠るところだった。


“ま…ず、い……!!”


地面にへばりついているだけでは、そのまま場外へ弾き飛ばされてしまうことは必至だ。

衝撃が足元へ到達する直前、タイミングのずれた跳躍ではあったが、渾身の瞬発を駆使して、高々と空に舞い上がる。


その直後に、俺の毛皮をひりひりと撫でる熱があった。

眼下に目をやれば、既に俺が立っていた砂利の舌からも、亀裂が顔を覗かせている。

そこから伸びた光の筋が、並々ならぬ熱量を放っているのが感じられたのだ。


着地して尚、肉球が焼けるように熱い。

日中に漆黒の一枚岩を歩くのとは、比べ物にならないぐらい。

嘗て遭遇した覚えのない痛覚に、脚が竦みそうになる。

炎を内に纏える俺が、その身を焦がされる危険を感じることが、どうして有り得ようか。


この焼けるような痛み、太陽が放つそれと似通っている。

俺の身を貫く、神聖なる粛清の光だ。





周囲の情景に、目をくれてやる間も与えられない。


更に、間髪入れずに、もう一発。


“ヴゥゥゥゥッ……!?”


その痛覚に答え合わせを突き付けられ、俺は歯を食い縛って黙するので精一杯だ。



“何…だ、これ…??”



俺がGarmに成す術も無く凌辱の限りを尽くされた理由の一つに、俺のことを誰よりも深い洞察を持って愛してくれた、我が狼を相手取っているのと同義であったことに根差しているという事実があった。


しかし、それ以前に、彼は狼らしからぬと言わざるを得なかったのだ。


あらゆるフェイントが、俺の知る狼の身体的構造に基づかなかった。

彼自身が、群れである。そう理解できたのは、俺自身が、縫い合わされて、ようやくのこと。


とても、四肢の一切が別個の意識を持ち、それらの縫合体として共存する一匹の大狼に、俺は只管、怯えることしか出来なかったのだ。




だが、今俺が感じている本能的恐怖は、それと赴きを異にしている確信がある。


俺が知っている神様は、こんな風に狼を狩らない。

もっと、人間らしい方法に頼って、俺達の尊厳を奪うのだ。

罠に嵌め、縛り上げ、それでようやく、安心したように嗤うと決まっていた。



なのに、彼は、ただ地に伏せよと、武器を叩く。

喩え大群を前にしたとて、彼が行う奇跡は、変わらずそれらを蹴散らすだけだろう。

俺が、大狼であるとか、そんなことは関係が無いのだ。




こんなの、人間のする動きではない。

いや、人間によって繰り出される奥義では無い。


化け物だ。

化け物が、俺に襲い掛かって来ている。


殺される。殺されてしまうんだ。



怖い。怖いよ。

このままでは、死ぬ。




Teusのそれを、運命を受け入れる力であるとするならば。




これが、運命に抗い、自ら切り開かんとする、神様の奇跡であるのだ。



なのに。



余りにも、彼は主人公らしからぬ。



悪を打ちのめさんという気概に欠ける。



3発目、それで終わる。

そう悟ったのは、最後の一発にだけ、Torの個人的な感情が込められているような気がしたからだ。



全力を越えようとする、あらん限りの一撃では無く。



俺が嘗て、彼らに対して挙げた、自らの耳を劈くような悲鳴に呼応しての、軽蔑的な一撃。




”っっっーーーーーーーーーーー……!!!!“




ああ、今、こいつ。




手加減しやがったのだな。








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