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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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304. 捕らわれの友よ

304. Gallant in distress


頭が、ふらふらとする。


とても、歩くことさえ、儘ならないのだ。

飢餓さえ俺に嗾ける気力を失った、あの日々でさえ、俺の足取りは幾分か軽やかであったことだろう。


本来であれば、脇目も振らずに走り出さなくてはならなかった。

俺を突き動かす根本原理が、俺のことを、仲間だと呼んでくれた者たちの為だけにあるのなら。


今すぐにでも、この一秒でも削る行為が、その償いになるとでも言うように、

死力を奮って、彼の元へと駆け出し。

それから腹を見せて寝転がり、喘ぐような見苦しささえ見せず、ただ狩り捕られるのを従順に待ったことだろう。


それで、皆が、帰って来るのなら。




俺は、今度は誰の記憶の足跡を、そっくり辿っていると言うのだろう。


Sirius、我が狼よ。

貴方は、仲間を奪われた怒りに支えられ、どうにかその四肢を折らずに済んでいましたか?

Garm、我が現身よ。

お前は、取り戻しに来た。一体に何に支えられ、彼女を返してくれ、仲間を返してくれと、叫んだのだ?


それなのに、俺にその活力が漲らない。

悲劇の主人公にさえ、値しないという訳だ。

最期の一秒まで、足掻くような英雄的(Heroic)は、俺には似合わない。

諦念に自分らしさを覚えているでは無くて、文字通り俺は醜いのだ。


だって、どうだろう。

俺はまだ、助かろうと思っているのだ。


こんな悲劇、全て、俺の杞憂なのでは無いか。

俺が目覚めさえすれば、全て仔狼を苛む嘘だと悟るだろう。


俺の犠牲さえ伴うこと無く、元通りになるような。

そんな奇跡が、突如壇上へと駆けあがる。

その一声を、今か今かと待ち侘びて居る。

俺が予見した最期が、捻じ曲げられるのを。


まだ、断頭台へ向かう方が、足取りも軽かったやも知れない。

何故なら恐らく、俺の死は、揺らがないからだ。




“……。”




来島の初期に比べれば、随分と過ごしやすくなったと思う。

特にこの夜風はそうだ。


晩秋の冷気は、そうと感じられただけでわくわくする。

間もなく訪れるであろう、萎れの便りに思わず喉笛が疼く。

闘技場を赤々と照らす塔の炎たちが、満月に道を譲れば尚よい。


潮の臭いも届かぬ、奥まった盆地を会場に選んでくれたことに、思わぬところで感謝させられるようだ。

冬至祭が始まるまでは、此処を寝床に定めても良い。


来客も、今日この場で追い返してしまえば、何の問題もありはしないであろう。




“……。”


彼は狼の耳を持たぬが、それでも俺が此処へやって来ると知っていた。

俺が、必ずお前は再び姿を現すと悟っていたように。

その確信が、互いにあった。


久しいな。

以前に比べれば、俺もお前も、心の準備が出来ている。


此処に居るのは、憑き物の取れたように、怒りを露にせず、ふらふらと入場する俺と、

翻って、肝の据わった、落ち着いた表情で観客席に腰かけるお前だけだ。


お互い、実りある会話を紡げることに期待しようでは無いか。




さあ、答え合わせを、させてくれるのだろう?主よ。




初めに俺が目にしたこの男の衣装が、言ってみれば邸内における正装。

公服のような煌びやかさを備えていたのに対し、今日のそいつは違った。

それもまた、正装であるのだろう。


外套は右肩を晒すようにして掛けられ、胴に纏われた鎧が顔を覗かせている。

そうは言っても、甲冑ほどの重装では歩兵も務まらぬ。

彼は、戦線で戦う装いを選ぶことに、誉を見出しているようだった。

手甲には、見覚えのある楕円の模様が彫られ、そこから4本の革紐で結ばれている。

その手の中には、彼が唯一携える武器がきつく握りしめられていた。



その槌、前とは違った震えを帯びている。



ちょいと、舐め過ぎていたみたいだな。




「…それでなら、俺を狩れると、父なる神はお考えであるのか?」




「……。狩る?」


「俺が?」


彼は笑った。

豪胆な戦士らしい、ガハハと朗らかなそれとは程遠い。

寧ろ、お前があいつの旧友であるという事実に、心から納得させられるような、寂れた笑いだった。


「ふざけるなよ。そんなことをすれば、今度こそTeusにぶち殺されてしまう。」


彼は、石段から降りると、勿体ぶった足取りで、俺の佇む中央へと歩み寄った。

あの時の彼が見せた震えは、もう何処にも見て取る事が出来ない。

とても神様とは思えぬ。畢生を悟った、戦士の顔だ。




「あいつ、変わらなかったな…」


「お前も、そうは思わないか?」


「……。」


「昔っからそうだ。誰にでもにこやかに振舞うくせ、一度怒ると、本当に手が付けられない。」


「お前も大層、手を焼いたのではないかね?」


「……。」


俺は、微笑み返すような相槌を打たなかった。

弾む会話もない、しかしそれ以上に、俺はTeusを知らないと認めたく無かったのだ。


「俺は、そうは思わない。」


「…ふん、まあ良い。」


「元来、そんな暴君めいた素養が無ければ、主神の座は務まらないということなのだろうさ。」




皆、血沸き肉躍る、英雄譚が好きなのだよ。

此処は、そんな闘いを演じる…壇上であると思ってくれれば良い。

生憎、剣舞などとは下らないというのが、私の率直なところだ。

そもそも、心得ていないのだがね。




「さあ…さっさと始めるとしよう。」


始める?


「ああ。あいつが此処に来る前にさ。」


「でないと、勝敗もクソも、あったもんじゃない。」




「Fenrir、お前に決闘を申し込む。」


「……?」


「冬至祭の余興にしては、幾分か、盛り上がりには欠けるが…」


「我が友に免じて、付き合ってくれるかね?」




「安心しろ。」


「互いに、命を奪うようなことはしないと、此処に誓うとしようでは無いか。」


「……そうして欲しいのなら、初めから命乞いでも…」


「勝者は、望むものを願うと良い。」




「俺は、その為に来た。」


「お前が俺に、膝を着かせたその暁には、全て話してやるとも。」


「お前も、その為に、招集に応じたのだろう?」



「…まあ、でも、何だ。」


彼は歯切れ悪く、軽い弁明のような咳払いを左拳に当てる。


「決まり文句のような、ものなのだ。どうか、聞き流し給えよ。」




「……。」



「神のご加護の、あらんことを。」





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