301. 冬至祭 2
301. Yuletide 2
少し手荒な真似をしても構わないと思った。
もう、人間的な上面の話し合いで解決しない段階に来てしまった確信があったからだ。
一方的に裏切られ、突きつけられた身であることを踏まえれば。
俺は、神の代行者を気取り、また審問者ぶった振舞いも許されて良いと思っている。
それだけ、抑えきれない怒りが、俺の眼球を埋め尽くしてしまっているのだ。
「つまるところ、例年通りである、と。」
彼がヴェズーヴァで簡易的に催した夏至祭が、アースガルズのものであることを踏まえれば、当然同じような冬の宴も執り行われて然るべきだ。
季節的にも、頃合いであることに、何ら疑いを挟む余地は無かった。
だが、その会場が、Lyngvi島であると、誰が俺に教えてくれた?
何が、神々の休息が許されたリゾート地だ。嘘ばかりは一つも吐いていないつもりか。
いやはや、俺達はとんでもない一大行事の会場に居合わせてしまったことになるが、事情を把握している者からしてみれば、先んじて滞在を楽しんでいた貴賓と映るのだろう。
当然私は、招待されるであろうという、豪胆さが垣間見える暴挙だ。俺の印象は差し詰めそんな所だろう。
何も知らない俺は、Odinに促されるまま、Teus夫妻の療養地へと渡っただけだと言うのに。
そしてお前は、勿論それを知っていたな。
初めにLyngvi島での休暇を勧める招待状を俺が受け取った時点で。
「で、でも、こっちに呼ばれると思ってなかったし…自分から顔を出すつもりも無かったから…」
「ああ、やはりあるのは認識していたんだな。」
「ご、ごめん…」
顔を合わせるつもりが無ければ、どうにかなるものだと?
お前がそんな甘い認識をするようになってしまったことに、心底失望しているぞ。
その冬至祭とやらが、どれくらいの期間続くのか知らないが。
こんな狭い孤島で、俺が常に神々の存在をそこら中で知覚しながら、絶えず洞穴で怯えて生きることを余儀なくされる日々が想像できなかったとは言わせない。
しかし、今やそんな懸念は、極めて些細だ。
俺は却って、堂々とするだろう。
虚栄の存在を自ら知らしめることで、互いが干渉しないような仮初の均衡をつくるだけの余裕が、残されていたのだ。
俺には、Teusがいるから。
あれだけ神々に対して噛みつくような怒りを見せ、俺を護ろうと必死に牙を剥いてくれたお前がいるなら。俺は彼らの前に姿を現せる。
お前は、革の戒めを乗り越える勇気を与えてくれたのだ。
そんな希望が、少し前ならあったのに。
「俺は、何故、再び大衆の元へ、引き摺り出されなければならない…?」
誤解を恐れず、言ってやろう。
彼は、俺を護るどころか、神々の元へ引き渡しやがったのだ。
それも、不可抗力だと言わんばかりに。
「心底、裏切られた気分だ。」
「……。」
裏切り者め、と詰ることはしなかった。
まだ、お前は尻尾を出していないつもりのようだったから。
「今更お前の泣き顔を見るのは、ごめんだな。」
だが代わりに俺は、Teusが身に纏っていたマントと、それから左半身の老化を補う為の装備の全てを外すよう命じた。
「軟禁の代わりに、これらは全て、没収させて貰う。」
「そ、そんな…それは困るよ…せめて脚甲だけでも…」
「よくもまあそんな譲歩が求められたものだな。一番返してやるつもりのない代物だったぞ。」
「お願いだよ、Freyaの介護にだって、支障が出る…」
「本来であれば、お前に首輪の一つでも嵌めて、檻の中にぶち込んでやりたい気分なんだっ!!」
「そ、そんな…」
「食事の類は、俺が全て調達してやろう。俺の許可を伴わなければ、お前は一歩も、家から出ることを許さん。」
「Fenrir…」
「どのみち、彼女と残された時間を出来るだけ一緒に過ごすのなら、もう外に出向かない方が良い。…それはお前が、一番良く分かっている筈だ。」
そう、俺がこの場で、Teusに裏切りの証拠を突きつけ、洗い浚い白状させる気概を保てなかった理由が、そこにあった。
そうしたとて、無駄なことだ。という諦念も、勿論あったが。
「……わかった。」
「…ごめん、もう戻るね。」
情が淑やかに靡いた。
この薄幸の夫婦の日常を、壊したくは無かったからだ。
「そうするが良い。」
残り僅かな時間を、二人に望む形で過ごさせる為に、俺は冬を捨てた。
そういう意味で、こうなることは、覚悟していたとも。
番の余生に比べれば、脅かされる俺の平穏など、何だと言うのだ。
群れが瀕しているやも知れぬ絶滅の危機は、取るに足らない杞憂であって構わないだろう。
Skaの帰還を待つぐらいの周到さがあって、その時は良いと思っていた。
あいつなら、きっと自力で、脱出路を模索できる。
そうして得られた、言い逃れさえ儘ならぬだけの、証拠を揃えきってからでも。
Teusに噛みつくのは、それからでも、遅くない。
そう心中で悪態を吐き、歯を食い縛って、
がっくりと肩を落とし、ふらふらと頼りない足取りで家路に着く友人の背中を見つめる。
彼は、杖を自らの力で手に入れるだろう。
俺はこいつのことを、神の座を退いた、本当に無力な、一介の人間であると看做してやりたかったのだ。




