299. 電脳的消えかけ
299. Am I becoming a hologram?
“全部、Fenrirさんが、予見した通りだったんですか…?”
“…それとも、今回ばかりは、貴方が行動した通りに、なってしまった、と?”
手遅れかも、知れない。
急がなくちゃ。
もう、一瞬たりとも、この場所で仲間を探す未練がましい遠吠えに時間を割いてはならない。
僕がこの群れから、忽然と姿を消すことが、どれだけ彼女に負担をかけるか、分かっているつもりだけど。
此処から先は、僕だけで何とかしなくちゃならないんだ。
状況としては、最悪の結末を辿ろうとしている。
“みんな…”
あれから14日が経過した今、
群れの半数以上が、未だVesuvaへ戻らない。
そして、彼らに誘われるようにして、次々と、仲間の狼達が、忽然と姿を消していく。
まるで、友の呼び声に誘われているように。
耳を一心に向け、その元へと馳せ参じようとするんだ。
僕は、Fenrirさんの説明した、Teus様のお力の説明を、あまり信じてはいなかった。
当事者になったことが無いから、俄かには信じ難いと言うのも、きっと分かって貰えなかったと思うから。
だって、僕らは、’待たされている’ 感覚が無いんだもの。
留められた時間の中で、暇を持て余すような、そんなことは一度も。
ただ、白銀の原野のような眩い光に包まれ、世界が変わるだけ。
次の瞬間には、僕は目的地に降り立っている。
僕が、3歩進んだ先の景色を。
“……。”
忽ち見慣れたTeus様の邸宅の門前に姿を変えて下さるのと、同じではありませんか?
勿論、そこにTeus様とFreyaさんはいない。それは、分かっているんですけど。
ただ、僕を送り届ける先として、これ程相応しい場所も無かったんだろうなとも思っています。
実際、自分が今何処にいるのか、一発で把握できましたし。
“帰って…来た…”
懐かしさと表現せずに済む、冷たく冴えた空気が鼻を突く。
ぼんやりと薄暗い青の世界は、恐らく明星の刻であるという気がします。
行かなきゃ。
きっと、皆、僕らの帰りを待って、あの大きな箱の周囲に根城を構えているよね。
“ボス……!?いつの間に、戻られたんですか?”
“皆は?一緒じゃないんです?”
“パパ!お帰り!お帰りー!!”
“……お帰りなさい、貴方。”
そこには、変わらない日常があった。
一足先にVesuvaへの帰還を果たした僕は、残りの仲間は遅れて戻って来ると説明した。
その言葉に表情を綻ばせた皆は、あの箱の周りを頻繁にうろつき、彼らの帰りを待っていた。
当たり前だ。最初にFenrirさんの元へ向かった狼達は、無事に帰って来たのだから。
僕の帰りを待ってくれた皆と、Lyngvi島からの帰りをのんびりと待つ。
それが、いつまでも続けられるほど、容易い日々であるとは知らずに。
僕らは気づかない。
僕ら自身の薄情さに。
次第に彼らの興味から削がれていくのに、大して時間はかからなかったんだ。
其処には、欠けた仲間があることを受け入れた日常があった。
悲しみに暮れようとも、変わってはいけない営みが。
これ以上、失うことに絶えず怯えながらも。
群れは生きて行かなくちゃならない。
異変は、唐突なんかじゃなかった。
けれど、気が付いた頃には、すっかりと脅かされ切ってしまっていたのだと思う。
“なあ、Buster…僕も、そろそろ、お前に…”
そこに、いてくれるよね。
そう思っていた狼の像が、吹雪のノイズに掻き消されて、乱れる。
“っ……?”
ようやく、収まったかと、目を開くと。
僕のすぐ近くにいたその狼は、姿を消していたんだ。
……あれ?
僕の、記憶違いか。
Vesuvaに帰還した、初めから、Busterはいなかったじゃないか。
此処にも、Rishadaにもいない。
だって彼は、帰路に着いている途上なんだもの。
自慢げに尾を掲げながら、Lyngvi島を僕に代わって周囲の仲間を率いていた。そうだよね?
その記憶さえ、曖昧になることに、危機感を覚えない自分が、恐ろしい。
長い、長い、14日間だった。
1日でも早く、僕は皆に逢いたかったけれど。
僕は耐えた。
耳の奥で木霊する、彼らの呼び声に、応じなかった。
あの箱の奥から、聞こえてくる。
楽しそうな、それでいて、哀愁棚引く遠吠えの合唱が。
きっと、皆、あれに誘われたのに違いない。
日に日に、その声量に深みが増すのは、きっとそのせいだ。
僕は、本当は、応じるべきなんじゃないか。
長として、じゃなく。
友として。
何度もそう思った。
Fenrirさん。
もう、あの箱の前に一匹で座って、皆の帰りを待つ日々に疲れました。
何度、軽率に、暗闇の中に吸い込まれてしまいそうになったことか。
こんな風に吹雪く雪上で、同胞の臭いを探ろうと鼻先を押し付けていると。
僕の息子が、脚を失った日を思い出す。
嫌な記憶だ。目の裏で吹雪に乱れて弾ける。
何で、こんなことになってしまったんだろう。
結論、彼らは帰って来なかった。
群れのリーダーだけが生き残るなんて、
とんだ笑い種じゃないか。
こうして、のうのうと生きていることに、どうやって抗えば良い。
僕の脚を喰いちぎるような罠に、自らも飛び込んでしまいたいです。
きっとあの箱は、僕らを呑み込むだけの、大口を開いた怪物に成り果ててしまったんだ。
そう決めつけることに、未だ二の足を踏んでいます。
明日には、戻るかもしれません。
あと一日だけ待って、それから思い過ごしだったと笑い飛ばしたい。
そんな風に、悪い方向にばかり考えてしまうから。
一日、一日を数える術を、Fenrirさんは僕に与えたのですね。
痛い、とは、大して思わなかったです。
“さあ…行かなくちゃ。”
せめて、お役に立てなくては。
こんな僕に出来ることは、Fenrirさんが託した希望を信じることだけなんだから。
言葉少なに、僕へ任せ過ぎではありませんか?
いつものことなので、別に構わないんですけれど。
僕は、貴方の元へ、戻れば良いんですね?
けど、どうやって?
…流石に僕だって、この箱のトンネルを潜ってはならないことぐらい、理解できています。
思い出すんだ。
Fenrirさんが、初め、この箱を潜らせることを、危険視していた時のことを。
あの時も、Fenrirさんは、あの大きな円の中に僕を座らせて、Vesuvaに送り届けようとしていた。
結局それは止めて、半ば検証の意味も込めて、僕を見送ったけれど。
もし、Fenrirさんが思いとどまらずに、僕を群れへ引き合わせようとしていたのであれば。
帰り道も、同じ道を指し示しますよね。
“何処かに、用意してあるんだ…”
この広大な土地の真ん中に。
’遅い転送’ に頼らない方法。
Fenrirさんが用意した、召喚の罠が。
それを、僕が踏めば良い。
 




