295. 平面の敵 2
295. Flatline 2
‘Fenrir、何をしたのさ?’
俺は、何をしたのだ?
彼らの間の悪い到来は、俺が齎した偶然であるのか?
そしてTeusよ。
お前こそ、何をするつもりであったのだ。
揃いつつある。
手札が、盤面へ、次々と送り込まれる中で。
彼らが抱え込んでいた手掛かりが。
あと一つ。
あと一つだけ、答え合わせとなる、
事件さえ、起きれば…
“Fenrirさん…?Fenrirさーん?”
“……。”
“ちょっと!聞いているんですか??”
“聞いているものか。”
“聞いてるじゃないですかっ!!”
“うるさいな…何だ。Ska。”
肝心なところだ。そう言い聞かせ、獲物目がけて駆け出す寸前の如く緊張して息を潜めているところで、集中を乱された。
“……。”
尻尾だけを揺らし、此方を凝視するんじゃない。
お前のご主人様は、それでお前の要求の全てを理解するだろうが。
“ふしゅるるるぅ…”
察せよ。気分じゃ無いぞ。
唇の先をぴくりと捲り、唸る一歩手前の威嚇も、ものともしないこいつを眼下に睨む。
“公園、行かないんですか??”
公園って…中央闘技場のことを言っているのか。
ああ、神々の居らぬ今、お前達にとって、格好の遊び場になってくれているのだろうよ。
“そういう話になったのなら、そうするが良い。”
“そうしますよ。だから、早く行きましょう?また、日が昇って、暑くなっちゃいますよ?”
“…何故、俺がお前達の児戯に付き合わされなくてはならないのだ。”
“酷いっ!なんでFenrirさんこと、そんなに塩対応なんです?”
“はぁー……。”
そろそろ、二面性を保っている余裕が無い。
そんな弱音を吐きたくなる日が来ようとは。
こんなにも、平和な日常を、軽んじるような、嵐の前の静けさが、今までにあったか。
寧ろもっと、浮足立つような異変が、彼らを緊張させてくれたら良いのに。
不謹慎に、そう願う程だ。
…いけないな。今度こそ、決して巻き込むまいと固く心に誓った筈だろう。
“ぜ、前回とは、大違いじゃないですかぁ…”
お前は察しが良いから、何があったのかとは、聞かないのだよな。
分かっている。お前だけを無下にするのならまだしも、
大勢のお客様がいらしている時に、個人的な感情を優先するなと言いたいのだろう。
“だが俺は此処から、動けない。”
動くにしても、行動を、Teusに伴わせなくてはならないのだ。
もう、あいつを一人きりにさせる気はない。
また何をしでかすか、正確な予想がつくまでは。
“そうします。だから、早くTeus様とFreyaさん、乗せてください。”
“……。”
“結局、送迎が必要だと言えば良いでは無いか。”
“いえ、違います。”
“いや、違うよな。”
どうせ、その後、擦り切れるまで、遊び相手にされるのだ。
前の様に、未知の喜びが待ち受けている訳でも無く、そのくせ覚悟も伴っていないだけに、益々億劫だぞ。
“……。”
しかし、どうだ。
Skaに、今の段階で、俺の推論を共有することは、巡り巡って、俺に救済を齎すだろうか。
状況を整理する意味でも。
どのみち彼に協力を求めるのであれば、ある程度は此方の意図を示しておかなくては、妙な邪推を招くだけか。
もし、彼が既に、知らず知らずのうちに、あいつらの計略に加担している身であったとしても。
俺の眼となり、そして耳となって貰うことが、必要なのだ。
「Teus、この群れには、極寒からの気温差の影響が大きすぎる。今日は気温も高い。陽が上り切って、また傾くまで、一度此処で休ませようと思う。」
「勿論どうぞ。みんな、ゆっくりして行ってね~」
「どうする。その時は、お前も来るか。」
「遠慮しておこうかな。陽が沈むまでには、Freyaを床に就かせてあげたいし。」
「ふむ。それまでには必ず送ってやる。どうか付き合ってくれよ。」
「あ、そう?じゃあ、出かけるときに、また呼んでよ。」
「ああ、Skaに玄関まで向かわせる。」
“……。”
“…少し、話せるか。”
“だから僕、ずっとさっきから、話しかけているんですけど。”
“Ska。お前が此方にやって来るとき、ヴェズーヴァの時刻はいつ頃だったか。”
“えーっと、またその質問ですか…”
出発までに、出来る限りの作戦は、練っておかなければならない。
彼にとって、無論俺は、信頼に欠けるだろう。
接し方がすっかり変わってしまった自分に対して、不信感を拭えまい。
折角、皆を連れて、遊びに来たのに。
それを怒ることも、歓迎することもしないなんて。
おかしいですし、がっかりです。
そんな不満が、言動から見て取れる。
“はい、勿論、覚えていますよ。僕らは真昼の、一番明るい時間に、やって来ました。”
皆が、怖がるといけなかったので。
今回、Lyngvi島へ渡ってきた仲間は、どちらかと言うと、怖がりで、消極的なメンバーが多いです。
それでも勇気を出して、第2陣に名乗りを上げてくれたんですから。
“……。”
その勇気を、諫めることに意味がある時期は、疾うに過ぎ去ってしまっている。
“ではYonahが、お前の元へ戻ったのは、いつだ。それから、どれくらい経っている。”
“ええっと、戻って来てくれたのは、ほんとに最近ですよ。”
Skaは眉を顰める代わりに、喉奥で燻った咳を立てた。
“違うんですか…?”
“お前はそれから、どれだけの時間をかけて、編成を組み、故郷を発った。”
“……?”
“待って?Yonahは、いつ僕の元へ戻ると言ったんですか?”
“それで、お前が出発を決意したのは、彼女を迎えて何日だ。”
“彼女、移動中に何かあったんですか?”
“…ずれた質問してるくらいなら、俺の問いかけに答えてくれぬか。”
“ずれたって…Yonahのこと聞いて、何がいけないんですか!?”
“いい加減にしろっ!大事なことなんだ…”
“僕のお嫁さんより大事なことなんて無いっ!!”
“……。”
リーダーが、気迫に満ちた怒りの吠え声を上げたので、群れは一斉に此方へと視線を向けた。
“済まぬ。Yonahが問題なのではない。Yonahは大丈夫だ。それは約束する。”
“い、いえ…僕の方こそ…すみません。”
“すぐですよ。一晩、一緒に眠って。でも、何だか…”
“何だか…?”
首元の毛皮に、じわりと水気の滴りを覚え。
彼女の変わり果てた腰の毛並みから覗く、赤い粒々が、脳裏から離れない。
“いえ、何でもないです。ただ、ちょっと冷たかったような気がしちゃって。”
“……。”
“分かりませんか?転送路から姿を消して、それから僕の元へ戻ってきた彼女は、もう元のYonahではないのかも知れないって。別狼へ変わってしまったかのような恐さが。”
“Fenrirさんも、僕に対して、感じているんじゃ無いですか…?”




