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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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295. 平面の敵

295. Flatline


すると、どうだろう。


俺達の憂慮が、差し迫っていたかに見えた破滅が、

杞憂であったに過ぎないと嘲嗤うかのように。


淀んでいた空気が、堰を切ったように、再び流れ始めたのだ。



“ご無沙汰してましたっ!!皆さんっ!”



その、まさに翌朝だ。

特段、Teusの間に了解があった訳では無いが、俺達は朝夕の時間だけは、この記念碑の前で共有することを日課としていた。

お互いに、その日にあったことを報告し合う訳でも無い。俺達が初めて会ったばかりの頃のような、ぎこちない、そして当たり障りの無い会話を爽やかに交わすだけだ。

当然、先日目撃してしまった、こいつの夜回りについても、遠回しな穿鑿を入れたりなどしていない。


おはようと、おやすみが、奇麗にすれ違うだけの時間。

その隙間に、彼が割って入った。


“いやー、こっちは随分と、暖かくなりましたね。ヴェズーヴァは、流石に眠る前に尻尾で覆い隠してやらないと、鼻先が冷たくなってしまいます。”


きょとんとする俺達の視線を交互に見つめて、尻尾を雄大に振り回す。


“お二方、僕がいなくて、寂しく無かったですか?…まさか喧嘩なんて、してませんよね?”


“ささっ!Teus様、存分に、撫でてくれて良いんですよ?”


「ええっと…と、取り敢えず、ご飯用意してあげてくれる?Fenrir。」


「う、うむ。承知した…」


“あ、えーっと…どうぞ、お構いなく!!”


俺達の鬱屈とした日々を吹き飛ばす様な、お前の屈託ない笑顔が、これ程不自然に思えたことは無い。


寧ろ、憎悪の裏返しとさえ、捉えられたのだ。




“お、おい…お前…”


“はい、何でしょう?あっ、僕もFenrirさんに、挨拶させて貰っても、良いですか?”


彼は仰け反り、鼻先を高々と上げて、自分の口元に触れさせろと要求する。

それに気が付かなかった訳では無いが、俺はやんわりと顔を逸らす拒絶さえ怠った。


“Skaよ…”


どの面を下げて、危うくそう口に出しそうになる。


“Y、Yonahは、しかと、お前の元に、帰ったのだよな…?”


“……?”


彼の不思議そうに此方を見る眼差しに、心臓を直に撫でられるような緊張が走る。


“そ、それとも…”



“ま、まさかお前、Yonahを迎えにやって来た、のか…?”



“…何を仰ってるんです?”


“あ、あぁ…その…”


“あれ…僕ら、何か、勘違いをしてませんか?”



“ちゃんとYonahが戻って来てくれたから、またこうして僕がやって来れたんじゃないですか?”


……?




“……。”


当たり前だ。

彼は、当たり前のことを、俺に向って述べているだけだ。


あの箱には、何も無かった。

金属箱の転送路に、通過者を攫うような、奇想天外の罠が仕掛けられている訳でも。


だが、それ以上に、不自然に映るのは。

お前が、今までと何一つ変わらぬ態度で、俺に話しかけて来ることでは無いか。




“ま、今回遊びに来たのは、僕だけじゃないんですけどねー!”




“ウッフ!!ウッフ!!ワゥオオオーー!!”


“もう良いぞっ、出てこいっ!!”


「わっ、どしたのSka。そんな急に吠えないで…」



自分が心行くまで、Teusの愛撫を受け満足した所で、彼はようやく、暗闇に潜む同胞へ向かって召集の吠え声を張り上げた。



“大丈夫かしら、勝手にこっちに来ちゃって。Fenrirさんに怒られない…?”


“そりゃ、勝手に一匹で入り込んだら、そうかもだけど。ボスが着いて来て良いって言ったんだから。”


“そうだよ、それに、全然怖くなんか、無かっただろ?真っ暗だったけど。”



無論、彼の存在を俺の耳が捉えた段階で、悟っていた気配だ。

俺が先日迎えた群れとは、だいぶ顔触れが変わっているらしい。


“ほ、ほら…Fenrirさん、やっぱり怒ってるんじゃない…?”


“そう?そんな風には、見えないけれど…”


“そんなあ…せっかく来たから、ご馳走だけでも、食べて帰りたいなあ。”


俺のお咎めを、今回限りは喰らわないと確信しての、蛮行に及んだのだ。

今、この場で、最も甘やかされるべきは自分であると、よくよく理解している。

だが、そうだとしても、せめて相談の一つでもあるべきだ。


お前は、そんなに軽率な狼の統率者では無い。





“どうしたんですか?Fenrirさん。具合でも、悪いんですか?”


“Y、Yonahは…”


“へ……?”


“何も…?”


“何もって、彼女に何か、伝えるように言われたってことです?だとしたら、忘れちゃってるのかも。僕のお嫁さん、ちょっと忘れっぽいところあるから。”


“……?”


“ならば…ならば、良い…”


“その…暫しの滞在に感謝していると、伝えてくれ…”


“はぁ…わかりました、けど…”



“大丈夫ですか?なんか、いつもと違う感じです。失礼かもですが…”


“ちょっと、変ですよ?Fenrirさん。”


“……。”




“あの。僕はYonahが帰って来てくれたのなら、それでもう良いんです。”


“彼女が戻って来なかったからって、わざわざ一匹でFenrirさんの元へ向かうと思ったんですか…?


“僕がどれだけ、彼女のことを愛しているか。どうして分からないんですか?”



“…もちろん、思いました。遅いよ、いつまでそこにいるのさ、って。”


“Fenrirさんの臭い、彼女にいっぱい、着いてました。僕の臭いが、分からなくなってしまうくらい…”


“……。”


“なんで、なんで…”


“すみません。何でも、無いです…”




彼はすっかりと耳と尾を垂らし、それから高い声でぴぃと鳴き声を上げてから、トロットのリズムで、足早に主人の元へと去って行ってしまった。


「あれっ、どうしたの。みんな揃って。Fenrirにどやされにでも来たのかい?」


“えへへ、そんなこと無いですよー。前回来れなかった仲間たちも、Fenrirさんに本当に会えるならって。”


“勝手なことをしてしまいましたが、第二陣も編成することになりました!”




“Yonahも、Fenrirさんが、寂しそうにしていらっしゃったと言うものですから…”


「そっか、そっか。まあ、あいつの遊び相手になってあげてよ。」


「Skaが来なくって、半べそかいてたくらいだから。」


「ね、Fenrir?」





再び訪れた日常


その全てが、疑わしく見えてならない。







「Fenrir, ce ai făcut pe această arcă?」



彼の唇は、そう言っているように見える。


ただの、憶測に過ぎないのかも知れないが。


これは、彼が期待した未来では無い。

少なくとも、あの夜に、俺に嗅ぎつけられるのを覚悟して敢行した工作が、齎す帰結では無いのだ。







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