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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第1章 ー 大狼の目覚め編
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4.白昼夢

4.Daydream


俺は産まれてからすぐ、親とは引き離され、神々の住む聖域から、遠く離れた場所へと隔離された。

それが、この森。


俺の親は二人とも、普通の人の姿をした神だった。

その間に、子供として、狼が、つまり俺が生まれた。


二人は簡単に俺を捨てた。


俺はどうやら誤って生み出されたらしい。理由は大体想像がつく。

だから俺は、二人にとって、大事な息子でも、なんでもなかった。

別に誤って、でもなくたって、狼などという獣は産まれてきてはいけなかった。

必要のない存在だった。


それでも、生まれたばかりで、何もまだわかっていない自我の中で、

必死で親の名前を呼んでいた。

俺はなぜ、二人と離れ離れにならなければならないのか、わかっていなかった。

何度も、何度も泣き叫んだ。

離れたくないと、泣きじゃくった。どうしてなんだと泣き喚いていた。


誰にもこの声が届くことはなかった。

おかしな話だろう?怪物が泣き叫ぶだなんて。

狼が泣いたって、気持ち悪いだけなのに。


俺は生まれてから、見知らぬ森へと連れていかれ、神々の監視下のもと、一匹で生きることとなった。


日に日に怪物的に増す身体。

人など余裕で飲み込んでしまう口。

噛みつかれれば一溜りももない牙。

肉をやすやすと引き裂く爪。


その風貌に、誰もが恐れをなした。

生まれながらにして、怪物の風格を備えていたのだ。

俺が、”狼“だからだ。


フローズヴィトニル、

悪評高き狼を意味する二つ名は、神々が俺をどう扱おうとしているかが良く分かる呼び名だった。


誰も、俺に近づこうとはしなかった。

俺が近づこうとすれば、皆、恐れをなして逃げていった。

近づけば、殺される。そう思っていたのだろう。

別にとって喰ってやろうなんて思ったことは、一度も無かった。

家庭は裕福で、幸いにも食い物に困った記憶もない。

人を傷つけることは、良くないことぐらいわかっていた。

見た目は狼でも、中身は同年代の子供たちとさして変わらなかったのだ。


…その時のことは、あまり思い出したくはない。



久しぶりに、父と母と、一緒に過ごすことが出来る日があった。

二人ともきっとすごい神様なのだろうと子供ながら思っていた。いつも忙しそうで、なかなか俺と会ってくれる機会が少なかった。

間接的にではあるが、父の功績は色々と耳にしていた。とても偉い神様の命の危機を救っただとか、そんな武勇伝がお気に入りで、その話を聞いているだけで、俺はとっても嬉しい気持ちになれた。

そんな二人に生まれた息子であることが、誇りで、二人のように頑張らなきゃいけないという単純な思考を生んだりもした。父親のようになりたいなどと思っていた。


とにかくその日、俺は尻尾振って、両親との会合を喜んでいた。

俺もだいぶ、それも異常に成長していた。お座りの格好で、父と目が合うようになってしまっていた。

「また大きくなったな…。」

下げた頭を撫でてもらいながら、俺はこの時だけは無垢に笑っていた。

俺は、悩みを相談しようとはしなかった。二人を心配させたくはなかったし、唯一優しく接してくれる二人は、他の人たちの冷たさをすべて打ち消すような力を持っていた。

この時間だけが、何事にも代えがたかった。

二人がいなくなれば、自分は生きて行けないだろうと思っていた。


今日は、ある場所に連れて行ってくれるという。

道中、目的地については一切教えてくれなかったが、それでも別に構わなかった。

二人とであれば、どこへだって良いさ。

それにもう一つ、別の理由もあった。

その日は、俺の…。


連れてこられた先は、神々が集う王国のような場所の、中央に聳え立つ神殿だった。

それは全身を銀で葺かれており、とにかく高かった。

あまりの荘厳さと、異様な雰囲気に、見上げた口がぽかんと開く。

ヴァラスキャルヴ、名前ぐらいは知っていた。

人間を導く神々を、さらに統治する神の居住地だと、父に教わったことがある。

その最高座からは、世界のすべてが見渡せるのだという。


とんでもないところに来てしまったと知った俺は、ただ目の前に示された絶対的な力に、縮みあがっていた。

どうしてこんなところに連れてこられてしまったのだろう?

自分は、いったい何をされるのだろうか?


その門が開き、二人は中へと入っていく。

思わずその場で立ち止まってしまう、怖くて仕方がなかったのだ。

もう尻尾を巻いて、走って逃げだしてしまいたいのに、取り残されることの方が嫌だった俺は、そのまま歩き続ける二人の後を離れないように必死でくっついて行くほかなかった。


意外なことに、敷地に足を踏み入れたものの、二人は建物の中へとは入らず、裏へと回って行く。

なんだ、中に入っていくんじゃないのか、目的地は他にあったようだ。

少しほっとして二人との距離を縮める。

もしそうだったら、いくら二人を困らせたくないとはいえ、俺は甲高い声で鳴いて座り込み、ぐずっていたかもしれない。

そのまま裏手に回った先には、庭と言うか、広場と言うか、殺風景な空間が広がっていた。

異様だという言葉はこちらに取っておくべきだったようだ。

地面はすべて白石で敷き詰められており、所どころ突き出た物体は、良く見れば人ならざる白骨だった。

死んだ土の下に眠る匂いで、ここは墓所だとわかる。

上空には鷲が飛び交っていた。

そしてその最奥に坐する、今にも崩れそうな神殿。

ヴァルハラ、後で知った名だ。

その前には、一人の神が立っている。


主神Odin。

神の王が、俺たち、いや、俺が来るのを待っていたのだ。


本能的に尻尾を股の間に挟みこみ、前足を広げて身を屈める。

もう、本当に一歩も動けなかったのだ。

言い知れぬ感情に蹂躙され切った俺は、ぶるぶると震えて高い声で鳴いて見せたのに、二人はそのまま離れていく。


とうとう、俺は神の御前にたった一匹、ぽつんと取り残されてしまった。


Odinの背後から、二匹の獣が姿を現した。

彼を直視することすら憚られていた俺は、それからすぐさま目を逸らしてしまったが、やがてそれが自分と同じ獣であることに気が付いた。

俺より二回りほど小さいが、間違いない。狼だ。

自分以外の狼に、はじめて出会う。俺の興味は、すぐさまその二匹に注がれた。

ひょっとしたら、友達になれるかも。

今までの恐怖が少しだけ和らぎ、そう促されていると悟った俺は、勇気を振り絞って一歩前に踏みだした。


けれども、二匹の狼は、その動きを見るが否や、牙を剥き出して低い唸り声を上げて主人に寄り添った。

びっくりして思わず耳を横に寝かせ、踏み出した足を引っ込めてしまう。


Odinはそのやり取りを見届けると、どこか悲しげな表情で首を横に振った。


それが何を意味するかを、悟っていないふりをして、またもその場に立ち尽くす。


気が付けば、狼たちは消えていた。

幻だったのだろうか。そう思うことにしている。

代わりに、広場を取り囲むように集まる人だかり。

二人の顔を必死に探す。


息が震え、歯が小刻みに鳴る。

閉じた目からは、大粒の涙が零れ落ちた。

もういやだ、こわいよ。


次に目を開いた先の光景を、俺は忘れない。

Odinが、俺の方に向かって手を伸ばすような仕草をみせる。


その奥で、神殿の中で、何かが、牙を剥いて蠢いていたのだ。


「そんな…、いやだ…。」


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