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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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288. 見るに堪えない私

288. The worst of me


入り口が近づくにつれて、懐かしい寒気が、ちょっぴり人間の臭いを混ぜて、流れ込んで来る。

僕の毛先が、思わずぴんと張り詰めるような雪の臭いだ。

初めて、此方へ送り届けられた時よりも、もっと鋭い。

きっと、冬が、思うように深まったからだと思う。


耳を澄ませると、けっこう、吹雪いているんだね。

目を瞑ると、南国とはかけ離れた景色が鮮明に脳裏に浮かぶ。

みんなが何処を根城に構えているか、探し当てるのに骨が折れないと良いのだけれど。


思い返せば、短い滞在だったけど。けっこう疲れちゃったな。

こっちに戻って来たばかりだけれど、僕は込み上げて来る安堵に、うっとりと目を細めた。


“ふぅー……。”


だめだ、だめだ。ちゃんと、この箱の外に出るまで、立ち止まらないようにと言われているんだった。


でも、Fenrirさん、何だかんだで、喜んでくれたみたいだし。

群れの皆も、大冒険に満足してくれた様子だから。良かった、良かった。

ありがとう、Teus様。

僕の身の程知らずな我が儘も、捨てたものでは無いみたいです。

お陰で、僕らの結びつきを、再確認することが出来ました。


…というか、見送られるままに、僕もヴェズーヴァに戻って来てしまったけれど。良かったのかな。

Teus様や、Freyaさんに、碌にご挨拶もせずに、失礼なことをしちゃった。

まあ、いっか。すぐに、二人の元へ、馳せ参じなくてはならないんだし。


先触れとしての役目は、まだ終わっちゃいない。

第二陣の手配を、急いで済ませなくては。



“よいしょっと…”


入り口に雪崩れ込む傾斜も、以前よりもっと急になっている。

それだけ、僕らの土地が、雪深くへ埋め尽くされてしまっているんだ。


鼻を近づけるまでも無いほど、新しい臭い。その斜面は、見知った足跡たちで、埋め尽くされていた。



天辺まで登って、背の縮んだ大箱の入り口からぴょこんと顔を出す。


“……?”


案の定、外は北風が粉雪を纏って走り回って、真っ白だ。

直ぐ目の前にあったと記憶している、お家の壁の群れさえも、霞んで見えない。

でも…あれ?外は意外と、明るいんだな。

雪雲は、そんなに分厚く垂れこめていない感じ?


“……みんな、いるかーい?…ウッフ!ウッフ!”


だったら、狼が毛皮を振るって出歩くのを渋る程の天候とは程遠いね。

この土地が僕らにとって、見知った縄張りの一部であることに、変わりは無いのだから。


“ワゥォオオーッ!”


真っ先に反応を示したのは、先頭に立って入り口を潜る手本となってくれた我が仔たち。

そして、最後尾に立っていたのが、この僕だ。

つまり、その間に並んでいた狼達も皆、無事帰還を果たしたということになる。


“あっ!ボスだっ!帰って来たぞ!!”


“こっちです、こっちに皆、集まってますよ!”


ほら、やっぱり。意外と近くに潜んで、雪宿りをしていたみたい。


“うん。今行くぞー!!”


逸れた狼達はいないね?

Fenrirさんに指示された通り、まずは点呼からだ。


それから、群れに合流して…




彼女に、思いを、伝えよう。




――――――――――――――――――――――




「今頃、ヴェズーヴァに皆、帰っているかな?」


「まだだ。Skaの体験談に基づけば、彼方への転送が完了するのに、凡そ半日かかる。まだ昼過ぎだぞ。」


「そうなの?けっこうお粗末な、奇跡なんだね。」


「その辺りの悠長さが、お前の身体に与えられた負担の軽さに、関係しているのだろうよ。とにかく、全員が無事で帰還を果たしていることを、心から祈るばかりだ。」


「こっちで、迷子になっているとかは、無い?俺もちょっと、其処の所は心配で…」


「それは無いと、断言しよう。」


此方へ、団体様が到着した時点で、その数と、一匹一匹の識別は出来ている。

この三日三晩も、誰一匹として長い期間を逸れたり、いたずらを超えて、不審な不在を遂げた者もいなかった。

そして、そいつら全員が、箱の中へと足音を消していくのも、全て確認した。


「それは、流石。いや、Fenrirならそこまでやってくれてるんだろうなとは、思っていたけど。」


「だが、俺だって箱の中まで、彼らを見守ってやることは出来ぬのだ。結局、肝心の転送路の道中で、彼らがヴェズーヴァでは無い何処かへ(いざな)われるような罠には、対処の仕様が無い。」


「それは、そうだよね。君が招待を渋っていたのだって、そう言った事態を危惧していたからでしょ…?」


「だからこそ、少なくとも、俺達は、Skaの帰還を待つまで、安心が出来ぬという訳だ。」


皆が無事に、縄張りの狼達と、誰も欠けることなく合流を果たせたかどうかは、彼らにしか分からない。

その結果を咥えて、あいつが再び俺達の元へ姿を現すまで、もどかしいが、俺達は憂いていることしか出来ないのだ。


「そう、だね。Skaがもう一度、やって来るのを、気長に待つしか無いか……。」







「彼女、来るかな…?」


「……。」




「分からない。」




「君の言う、招かれざる客って…彼女のこと、なんでしょ?」




そうかも、知れない。


本当に、そうだろか。

話が飛躍してしまっているせいで、確証が、全く以て持てない。



「済まぬ。本当に、己の口から出た誘いとは、どうしても思えぬのだ。」



俺は、本音を吐露して、自らの無責任な感情が下した判断であることを詫びた。

どうしても、俺に会いたいなどと、馬鹿な言い訳を思いついた彼らとの邂逅だけで、済ませるつもりだったのだ。


「しかし、その……」


楽し過ぎたのだ。身分不相応という言葉が、相応しいぐらいに。

本当に、愛されているような、気分に、させられてしまったのだ。


俺自身を喜ばせるような意味が、今だけはあると。

そう勘違いしてしまえるぐらい、舞い上がって。


俺の方から、彼女を求める愚行に走った。



「…確かに、君らしくなかったかなとは、思う。」


「ごめん、今更だけど。」


「……。」




「Fenrir……?」


あれ以来、俺は出来る限り、彼女との狼らしい交流を避けて来たし、

露骨で申し訳ないと示されていると感じられる程度には、避けられてもいた。


無理も無いことだ。

俺のことを、少しばかり図体の大きくて、皆の庇護となってくれる同胞とだけ看做すには、

俺は余りにも、あの方に似ている。


けれど、違うのだ。

幻想的で、浪漫的な重ね合わせなど、通用し得ない。


俺の目の前で、

彼女は、大狼との、束の間の邂逅を果たしてしまったのだから。


彼女は、思い出してしまった。

この世の果てで起きた、彼女自身の、物語を。


目の前にいるのは、その物語を共に歩いた、伴侶では無い。


増してや、自分自身が生涯添い遂げると誓った狼は、天狼の翼を背中に生やした英雄は、

今も傍らで、変わらず愛情を示し、口元を優しく舐めてくれる。






そう分かっていても。

頭では、理解していたとしても、




皮肉なことだ。

惰性に舌を伸ばし、其処でしか輝けまいと信じて疑わなかった、愛すべき景色を剥奪され。

群れまいと誓った同胞たちに、愛想を振り撒かれて、必要とされていると勘違いするような。


こんな、こんな俺が。




最低の俺が。




俺は、今までで一番。


我が狼に、近づきつつあるだなんて。





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