286. 木霊たちの手の内
286. Kodamas' Reach
Lyngvi島の中心地を彼らの遊び場に据えたのには、リシャーダから彼らを遠ざける以外に、幾つかの尤もな理由がある筈だった。
しかし、その一つが、
ボール遊びが、したかったから、なんて。
思い返せば、何を考えていたのだ。下らない。
俺は、舞い上がってしまっていたのだと思う。
と言うか、もう遊び相手とさせられるのは、うんざりだ。
遊び相手ですら無いな、それ以下の存在。弄ばれる為だけに存在する、遊具であった。
へとへとだ。
具体的に言うと、首が疲れた。あと口元の感覚がもう無い。
こんなにも小さくて、脆い存在を何度も口先に咥えさせられると、力の入れ加減が段々と分からなくなって来て、いつ毛皮を誤って引きちぎってしまわないかと気が気で無かった。
「や、やっと、休めるぞ…」
Teusに振り回されるのには、慣れていると言っても良さそうだが。
俺はこの群れ仲間に都合よく翻弄されてしまっていたらしい。
背中の乗客を額の滑り台から降ろすと、俺はそのままどしんと腹這いになって喘いだ。
時刻は昼前と言ったところか、日陰も直に奪われ、俺達の足元には何も残らなくなってしまうだろう。
「あれ、折角こっち来たのに。何をするかと思えば、寝ちゃうの?」
「う、うむ…好きに遊ばせてやれば良かろう。」
「ふーん、みんなの相手、してやらなくて良いの?」
彼は左手に、俺が用意を頼んでいた黄銅色の球体を、まるで神様の携える聖具か何かのように携えている。
「Skaが、ちょうど噛みつくのに手間取るぐらいの大きさと牙が貫かない弾力を備えて欲しい。だったよね?できるだけ君の要望に応えたつもりだけど…色はちょっと分かんないや。」
「そ、そんなことを言ったか?言ったな…感謝するぞ。」
思い返せば、馬鹿じゃないのか。狼が遊ぶのに理想のボールを拵えさせるとか。恥ずかしいと感じなかった自分に、きつめに噛みついてやりたいぞ。
「だが、どうか咎めないでくれ。予想外に、彼らの持て成しには、体力を奪われてしまったのだ…」
「まだ何もしてないでしょ。」
「とんでも無いぞ!お前達には、決して分かるまい。」
「ふーん…まあ良いや。じゃあ、俺がFenrirに代わって、投げて来ても構わない?」
「頼んだぞ。暫しの間、遠目から見守っていることにする。」
「やったー、ありがとう。こんな風に狼達と遊ぶの許して貰える機会なんて、中々無いからね。」
「…俺自身、魔が差したのだと思っている。」
野生に帰った狼犬達に、飼い犬の真似事は、ほとほと似つかわしくない。
そう吐き捨てるように退けるべき提案だった筈だ。
「まあそう言わずに。君自身、心の底では、やりたかったんでしょ?」
「……どういう意味だ。」
「別に、何も。」
「ただ…あれだ。見ていて尻尾が疼いたら、後で、合流すれば良いんじゃない?」
「…気が向いたなら、そうさせて貰おう。」
白石が敷き詰められた球戯場は、雪原よりも下品に俺の眼を刺す。
そんな後光を、纏ってくれるな。俺は唸るように呟き、視線を落とした。
「お願いするよ?俺だって、狼達みたいに、無限に体力ある訳じゃ無いし。ずっと相手してあげられないからさ。」
ああ、しかし。お前が乗り気で心底助かっている。
「よーし、キックオフだっ!!行くぞーみんなっ!!」
本音を吐露しようかと躊躇っていると、彼はもうその場にはいなかった。
高らかに戦線を彩る戦士の雄叫びを上げ、Teusは右手にボールを持ち替えると。
「そいやっ!!」
それを興味津々で凝視してそわそわする群れの頭上向って、天高く投げ込んだのだった。
「脚は、使わないのか…」
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彼らは実に柔軟に、Teusが持ち掛けた遊びへ反応した。
報酬型のゲームと勘違いさせない配慮が、功を奏したようだ。
投げたボールを咥えて主人の元へ帰還すれば、餌が貰えると言った趣旨は、不健全である。
ただでさえ、狩りを伴わずに供給される食料に依存している彼らが、味を占めるようになっては本末転倒だ。
“あ゛っ!ちょっ…返せよDireっ!!”
“もーらいっ!”
ただの争奪の様相を呈しているが、それが好ましい。
初めに悠々とボールを咥えていたBusterであったが、遊び道具へ堕した骨の独占を妨げてやりたい兄弟たちの本能によって、一瞬の隙を突かれてしまう。
それは、彼女の仲良しによって、またその家族によって、次々に伝搬し、あらぬ方向へと転がっていく。
“グルルルルゥゥゥゥッ…!!”
そして一番大人げないのが、こいつだ。
そんなに本気の威嚇をしてやらなくても良いだろう。
お前、自分がリーダーであるという自覚は、遊びの最中でも捨て去る気概があって、そうしているのか?
だとしたら、大層立派な童心であることだが。いやはや怪しい。
“今です、Teus様――っ!!”
「おっ!ないすSkaっ!」
こいつらだけ、チーム戦で別の遊びをしているのが、この遊びをより混沌とさせている要因の一つと言えるだろう。
Teusは、言わば審判か。空中で彼に首を振り放ったボールを受け取ると、群れの集中度が低い方向へと再びボールを投げ飛ばす。
そうやって、延々と彼らの遊びは続いて行ったのだ。
大の大人も混じっていて、巨体同士がぶつかり合う様は、中々に壮観でよい。
Teusがいない俺の傍らで、Freyaは長閑とは程遠いそのやりとりを微笑みながら眺めている。
いいや、妻をそっちのけで、多勢に孤軍奮闘する軍神様を、陰ながら応援しているのかも知れないな。
はあ…
どうかあいつが、誤ってボールを此方へ投げ飛ばすことをしませんように。