285. 寛大な夜明け 2
285. Bounteous Dawn 2
大狼のようになれたなら。俺は確かにそう希った。
“おい…そっちに行くな。グルルルル……”
しかしこうして大所帯での移動を余儀なくされると、我が狼は一体どうやって、これだけの数の群れ仲間に目を配りながら過ごしていたのだろうと感服させられる。
それと共に、そうした記憶を我が内に秘匿し、抑圧させられていることに、ちょっとした恨めしさを覚えてしまう。
ひょっとしたら、案外今の俺みたいに、落ち着かない気分で、先陣を切りたがる勇敢な若狼たちに手を焼いていたのかも知れない。
いや、貴方に限って、きっとそんなことは無いのでしょうね。
これも、貴方を偲ぶ催しの一つと思えば、至極光栄なことなのだ。
“聞いているのか?おいお前だ、Buster…!!”
しかしまあ、ちょっと眼下の目測を誤っただけで、滑らせるようにして移動させる前脚がお隣さんを蹴り飛ばしてしまいそうで、気が気でない。
とにかく、Skaがいて尚、抑えきれぬ興奮が熱気と共に伝わって来る。
舌を、はっはと垂らす辺り、俺ほどでは無いにしても、冬の毛皮は応えているな。
Teusが身に纏うマントのように、簡単には拭い捨てられるものでは無い。
彼らに、俺が動く日陰となってくれたのなら、良いのだが。
そんな優しさも、今となっては全てが裏目だ。
そう、俺はいま、彼らの ’動く巣’ としての役割を果たしていると言って良いだろう。
予め定めた通り、Lyngvi島の中心地へと移動しているところだ。
彼らの一時的な根城として、リシャーダは適切でない。それはヴェズーヴァと同じことで、廃墟を人間の居ない安全な場所だと捉え、慣れ切ってしまうことに問題があるからだ。
中央広場とて、その域を出ない訳ではあるが、まだ家屋の形状を有しておらず、周囲が自然に囲まれているだけ良い。
探検の入り口が四方八方に待ち受けている方が、退屈もせずに済むだろうしな。
彼らは、果たして楽しんでいるだろうか。
俺には寧ろそれを上回る適応の本能に従い、必死に世界の把握を嗾けられているように見受けられる。
此処はどこだ。
自分を安心させ、判断材料とできるような、嗅ぎなれた臭いを求めて。
容易く獣道から外れ、群れから逸れてしまおうとする。
それを先陣がしては務まらない。
諫める為のSkaは、本来ならば最後尾にいるべきであるのだが。
“Fenrirさーん。みんなちゃんと着いて来れてますかー?”
“う、うむ。何とか、問題ないぞ…”
彼には、背中の特等席に乗っている二人の御守りをして貰わなくてはならない。
首回りの毛皮でゆったりと寛いで貰う予定だったのだが、想定以上に群れ率いに苦心した俺を見かねたらしい。
「もうちょっとゆっくりの方が良いんじゃなーい?全然下見えないからわかんないけど。」
「うるさいっ、お前は黙っていろ!」
俺が出来ることは、優しく鼻先を降ろし、彼らの視界に割って入って正しい方角へと追い返してやることぐらいで。それさえも眼に入らないようなら、首元を咥えて一時的に天に召してやるだけだ。
“きゃーっ…!!”
“どっ、どうしたんだDireっ!!”
“何でもないっ!あんまり耳の後ろで騒ぐなっ!!”
しかし、各々が散り散りに、思い思いの探求心に突き動かされては。
何と言うか、蟻の軍勢を俯瞰しているような気分になる。
“いったい、どういう教育をしているのだ。親の顔に噛みついてやりたい気分だな。”
“Fenrirさん、何だか忙しそうですね…”
「結構首動いてるけど、何やってんだかね。」
何をやっているか、だと?
お前のその両腕、切り落として余生を過ごさせてやろうか。
「遊び相手が出来て、それは良かったんだけど…」
「…Fenrirにワンオペは、荷が重すぎたかなあ。」
ぼそっと、呟くな。腹が立つ。
“やっぱり、僕降りましょうか…?”
“大丈夫だ…多分…と言うか、今更もう降ろせん。”
腹ばいになれば、それこそ多数の死者が出ることは想像に難くない。
“つーか…”
“こいつら、俺のこと…”
流石の連携であると、褒め称えてやろうか。
きちんと俺の眼を盗まず、獣道からこれ見よがしに外れる癖に、絶妙に俺が忙しなく動くよう、脇へと逸れて行きやがる。
本当に姿を晦ませさえしなければ、安全であると分かっているから、決して速度を上げて森の奥へは走り出さない。
ただ、道を踏み外そうとする自分を救う救世主を、待っている。
ああ、Skaが俺の背中へと拾い上げられる姿を、羨望の眼差しで見つめていた群れ狼達の視線の真意に、もっと早く気付くべきだったのだ。
“俺のことを、恰好の絶叫アトラクションと履き違えているのではないか…?”
段々と、群れの統制が乱れ始めているのは、きっとそのせいだ。
“た、頼むから、あんまり動かないでくれ…”
“次、ぼくーーっ!!”
“や、やめろっ…”
もう、順番待ちの長蛇が出来た遊具だ。
首が疲れてきた。足元ばかりに目をやっていたせいで、視界がふらつき、縺れる。
日当たりも良く、俺の背中は熱気を帯びて焼け爛れそうだ。
そしてそして、只々眠い。
「うわっ、Fenrir大丈夫!?」
「……や、やっと半分か…」
「え?何て?」
果ての無い道のりと言って誇張無い。
全員を咥え終えて、2週目に入るだろう。
もう駄目だ。俺は絶対に仔狼をあやせない。
初めてSkaとYonahが引き合わせた狼達を見てから、ずっと抱き続けていた思いを、俺は益々強めるのだった。