282. 悠長な再構築
282. Patient Rebuilding
「どうしてだ。どうしてこんなことに…」
Skaを半ば追い詰めるようにして送り出したFenrirは、それからずっと何やらぶつくさと呟きながら、
俺とFreyaの周囲を忙しなく歩き回っては、やるしかないのだぞと自分に言い聞かせている。
二人のゆっくり過ぎる食事を終える間に、鬱陶しいという程では無かったけれど、それが余りにも、話し相手を求めているように受け取れたので、俺は仕方なく声をかけることにした。
「ねえ、帰って寝ないの?もうすっかり明るいけど…?」
「そうしたいのは、山々だ。」
忙しそうにそこらを歩き回っているのが、見えないのか。随分と呑気に労いの言葉をかけるのだな。
そんな文句を垂れるのを必死で堪えていると言わんばかりの態度だ。
やっぱりいつも通り、話しかけるな、の合図だったか。
「しかし、こうしちゃ、いられないぞ…」
「あいつらが、やって来るのだ。彼らの為に準備しなければならないことは、それこそ山ほどある…」
「Teusよ。お前、今晩は徹夜できるか。」
「えぇっ?お、俺が…?」
口は禍の元、なんて言っては可哀そうか。しかし唐突にFenrirは、普段一番役に立たないと思っているであろう俺の助力を求めることを選んだのだ。
「年寄に鞭打つようで、心が痛むが。どうやら俺の身体一匹では、足りそうにないのだ。」
「で、出来ることは手伝うよ…?」
俺は、目の前で木立より堅固な日陰を齎してくれる建造物を一瞥する。
「またこいつの入り口を、見張っていれば良いんだよね…?」
「うむ。頼んだぞ。何かあれば、その狼笛を、鳴らすが良い。」
「うん。何かあった時は、ね……。」
「それから、明け方まで戻らぬ。食事の用意は、二人で十分だ。」
「……了解。」
「ねえ、Fenrir。」
口頭で適当な協力を指示して、足早に去ろうとする尻尾を、俺は不安を滲ませ呼び止める。
「一個だけ、俺からも良い…?」
「そいつは、笛の音よりも心が騒ぐものだ。」
「Skaの手前では、あんな風に言っちゃったけど…」
「やっぱり、危険…だったかい?」
「今更、そんなことを言うのか。お前は。」
「ごめん、でも…君に逢いたがっているのであれば、無下にするのは、可哀そうじゃないか。」
「お前に会いたい、と言い出したのだとしても、それは同じ結論にならないか。」
「……そうかも。でも、本当にそれで心が動くようだったら。」
「俺はFreyaとの休暇を、きっと此処で終えていると思う。」
「…お前の言う通りだ。事情が全然、違ったな。」
「俺がこの土地に、半ば縛り付けられていることが、全ての原因だ。」
「だから今回の件は、俺が責任を持って、応対しようと思う。」
「そ、そこまで言って無いよ…ただ、Fenrir自身の、息抜きにもなれば良いかな、と…」
あんまりこの島のこと、好いていないみたいだしさ。
そう言おうとしたのだが、彼が尾を翻してガウガウと吠えたてるので、俺はそれを飲み込まざるを得なかった。
「息抜きだと?とんでもない!!」
「え…と言うと?」
「やるべきことは二つだ!」
「ふ、たつ…」
一つは、完全なる探索だ。
日中に始めなくてはならないと思うと、眩暈がしそうだが。
このLyngvi島を、俺が最もよく知っておかねばならない。
万が一、逸れるような狼が出てきたら、一大事だ。
主要な獣道は当然、思わず立ち寄ってしまいたくなるような景観を構えた遊び場、隠れん坊にお誂え向きの窪地、一匹の狼の目線で、そうした情報を付しながら、記憶しなくてはならない。
予想だにしない罠が無いかも、完璧に把握する必要がある。
俺は、態々、彼らを狩猟の対象として此方へ引き入れる訳には断じて行かない。
マーキングも、この気温だと、脱水症状になりそうで、心底不安だ。
水源も、なるべく沢山、見つけ出しておかなくてはならないな。
「そ、そこまでしなくても…」
「招く、とは、そういうことだ。」
俺は、この島を、一夜にして縄張りにまで、昇華することを迫られているのだぞ。
少なくとも、あの森以上には、知悉していなくては、無責任な解放など、到底許されるものでは無いのだからな。
「ごめん…そこまで考えて…勿論、軽い気持ちで、君に提案した訳じゃ無いけれど…」
「まあ、元居た縄張りに比べれば、だいぶ規模は劣る。二日、歩き回れば、ある程度の知識はつくだろう。」
「そうなんだね。出来れば、一緒に見て回りたかったなあ…」
「ああ、俺もだ。彼らの歓待が、無事終わってからにしようでは無いか。」
「うん。楽しみにしてる。」
「で、もう一つ、というのは…?」
「そりゃあ、もう決まっているだろう…」
「どうやって、あいつらの遊び相手になってやるか、だ。」
「あー…」
「もしかして、SkaとYonahの仔たちみたいに、手を焼かないとって思ってる…?」
「当たり前だ!今度は、きっと一筋縄では行かぬぞ…」
「あの球技会場が良いだろうな。」
「Teusよ、何か、遊びに使えそうな、ちょうど口に咥えられそうなサイズのボールは、無いのか?」
「ぼ、ぼーる…」
「ああ、大変だ。お前が何の前触れもなく、Sirius達を連れてきたことを、寧ろ感謝すべきだったと感じる日が来ようとはな…!!」
「え…?う、うん…」
「しかし、Skaの提案を断っていれば、きっと大きな事故に繋がっていたのでは、という気もしている。」
「真夜中に、こっそりあのトンネルを抜けようと考える、勇敢で、恐れ知らずな、若狼が、やって来たら。そう思うと、夜中も安心して眠れたものでは無い。」
「いや、時差があるから、お前の起きている日中に訪れるのか…?だとしたら、猶更、俺の眼に漏れる侵入だ…」
「だ、大丈夫だよ。ちゃんと、あの箱の入り口は見張っているから…」
「頼んだぞ。お前では到底、番狼のそれに劣るが。此処には生憎、適役を買って出るあの狼はいないのだ。」
「…いつ頃、帰って来るかな?」
「少なくとも、丸一日かかる計算だ。だからそれぐらいに、一度様子を見に戻って来る。」
「…?それは、どういう計算?」
「大したことはしていない。だがそのうちに…」
「リンゴだ。やっぱりリンゴの補充を頼まれてくれるか…それから…何だったか…ああ、遊び道具だ。それと、例の場所の探索にも時間を割き…」
「くそ、身体が幾つに引き裂かれようと足りる気がしない。」
ああ、これが、Fenrirが一番集中しているときの、素の様子なのかな。
彼は結局、俺に話しかけられる前と同じように独り言を呟き始めると、
まるで変人扱いに慣れた賢者が散歩に勤しむかのような闊歩で、縄張りの遊説に取り掛かったのだった。