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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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281. 隔意は何処へ 2

281. Unreserved 2


“お待たせいたしました、Fenrirさん。”


洞穴に差し込む僅かな逆行を背に受け、彼の表情は伺い知れない。


しかし、酔いは十分に醒めたようだな。

あのリンゴには、お前を腑抜けにする弱毒が盛られていたのだろうよ。


たっぷりと惰眠を貪り、世界を渡る旅路の疲労を癒せば、

お前は忽ち、彼が認めた賢狼の血統だ。


“Teus様より、宵時に参上致せと…”


そのように、あいつに伝えた事実は無いが。

俺達だけの時間を設けてくれた気遣いには、感謝しなくてはなるまい。


“生憎だが、此処にはリンゴの一つだって、用意していないぞ…?”


“…僕は、ご褒美が欲しくって、貴方の元へ訪れたんじゃありません。”


“ふん…”




“悪かったな。それくらいしか、歓待の手段が思い浮かばなかった。”


あいつの耳に入れたくない話の一つや二つ、あっても良い懐の広さよ。

或いは、この狼。既にお前の息のかかった盗聴の鼠か?


だとしても、此方は望まぬ招待にただ当惑させられている、哀れな一匹の迷い仔に過ぎない。

こいつだって、群れ仲間と一時的に引き裂かれることを余儀なくされた、犠牲者なのだからな。


“お力になれるか、分りませんが。僕に報告できることは、あるでしょうか…?”


“……。”


“良くぞ、参った。”




――――――――――――――――――――――




“ささ!どうぞ、匂い嗅いじゃってください。”


彼は、Teusであれば思わず笑顔になってしまうだろう仕草で、目の前にごろんと腹を見せて転がった。

何故、そのような行動に至ったかは想像に難くない。それが一番、手っ取り早いと心得ている。


しかし、俺はそれを是とせず、物憂げな唸り声を喉奥に滲ませて立ち上がる。



“ってあれ?良いんですか…?”



俺はSkaを、洞穴の奥へと招き入れることをしなかった。


縄張り意識がはたらいたからなどでは無い。

元から、日没までにはリシャーダへ戻るつもりだった。


こいつがやって来るのが分かったから、到着を待つことにしただけのこと。


代わりに道中を、思索の時間に費やせば、二人が寝静まる頃には、幾らかまともな結論が出せるだろう。

難しいようなら、こいつとの与太話も延長戦だ。


“遠慮しておこう。望郷の意に、心を搔き乱されてしまいそうだからな。”


“えー、喜んで下さると思ったのに…”


“皆の臭い、いっぱい僕の毛皮に、詰まっていると思うんですけど…”


そう。群れの無事を確かめるのに、これほど素晴らしい手段は思いつくまい。


“ならば、猶更だろう。”


“次にみんなの元へ帰る時は、Fenrirさんの臭い、お土産に貰って行っても良いですか?”


“……好きにしろ。とでも言うと思ったか?”


“お願いです。皆、寂しがっていますよ?”


“……。”




“あ、そう言えば!”


“僕らのお返事は、聞いて頂けましたよねっ!?”


“…あ…?ああ…”



“しかと、届いていたぞ…”


“良かった!山の向こうにいるように、僕らは繋がっているのですね!!”


“……。”




“それで、彼方の様子は、どうだった?”


“あっ、えっとですね…”


日は完全に傾き、二匹の身体は濃淡を失った影へと姿を変える。

それでも殆ど迷いなく行く先を選択できるのは、この獣道が、元は遊歩道として設けられていた為だろう。

周囲への警戒を払う必要性が薄いこともあって、俺達は気楽に会話を交わすことができた。


“ほう…”


彼のトロットが、出来る限り忙しないものとならないよう、ゆったりと四肢を振って、耳を傾ける。


まずは彼自身、例のトンネルを潜り抜けた時点では、目の前の明るさが此方と似通っていたせいで、違和感には気づけていなかったと言う。

再会を喜び合い、取り戻した日常に我を忘れて、毛皮を擦り合う。


そうしたやり取りが一頻り行われ。皆が、自分の思う行動とすれ違ったのだ。

寝床を拵えたのを、目を丸くして眺め、初めて辺りを見渡して悟る。

ちょうど、リシャーダで夜明けを迎える頃に、ヴェズーヴァでは日没の刻が訪れていたと。


“時差、って言うんですか…?初めて、聞きました。”


“うむ。殆ど朝夕が逆転するということは、世界の反対側、ということになるがな…”


“そ、想像もつかないですが…とっても、とても遠い場所なんですね、此処は…?”




“念のために確認だが、お前がもう一度、箱の中を進んで行った時間帯だが…”


“はい。その次の日、太陽が沈む前です。”


それからまた夜明け前に、Skaがリシャーダの地を再び踏むことに成功した、と。




“…。それで、お前が一匹で此方に再びやって来た経緯を聞かせろ。”


“そう。それなんですが…”


“まず、群れの方で何かあったとかでは、無いです…”


そうでないと、困るぞ。

お前が群れの危機を差し置いて、主人との幸福な時間を享受するようでは、そちらの方が由々しき事態だ。


“ええ。それにヴェズーヴァはひっそりと静まり返っていて。僕らがこの島へ旅立つ前のような、騒がしさとかは、完全に消え去っていたように思います。”


“そんなことを聞いているのではない。Teusが忠告していたのを聞いていたかは知らないが、お前のその行動は、相当な理由が伴わなければ、軽率であると…”


“はい。それは勿論、分かっています…”


“でも、どうしても相談したいことがあって…”


お前、俺達がお前を里に返した理由をまるで理解していないようだな。

俺や、Teus夫妻に依存し切っている。

これは紛れもなく、群れの弱体化に繋がると、散々警告してきたものだ。


“僕がもう一度此方へ戻って来た理由は、他でもありません。”


“Fenrirさんにお願いがあって来ました。”


何かあれば、群れから離れた狼に意見を求めようとするリーダーが何処にいる。

Teusに亡き恩人の影を見出すことを悪いとは言わないが、彼の力になることばかりを考え、結果としてお前は…


“僕の仲間も、連れて来ても良いか、Teus様に頼んでくれませんか?”


“……。”


“あの通り道、使えると、思うんです…”


ほら見ろ。碌な思考に辿り着かない。

余りにも安易で、先を見通す思慮に欠けている。


“お前な…”


“先も言いましたが…皆、寂しがっているんです。”


“Fenrirさんの遠吠えを、お聞きになりたいと…”




“……それで満足するなら、喉が張り裂けるまで謳ってやる。”


“ううん、そんなんじゃ嫌です!そうじゃなくって…”




“お願いです。分かってくれませんか…?”


“立ち止まる暇はないぞ。直に陽が登る。”


“…Teusの為に態々危険を冒して来た勇気は称えよう。”


“だがお前には、直ぐにヴェズーヴァへと戻って貰う。”


“そんなっ…僕は大丈夫です。無事に行って、帰って来れたじゃないですか。”


“お前の往来は、好きにするが良い。”


“だがお前は、群れにそのような旨の提案をして来るよと、伝えたのだろう?”


“そ、そうですけど…”


“それは失敗に終わったと打ち明けるのだ。そうでないと、お前のことを心配して、一匹でも潜り込んできたら、堪ったものでは無い…”



“番を連れて来てでもしてみろ。俺が牙を剥いて、追い返してやるからなっ!!”



“……。”



“分かりました…”



“そんな風に耳を萎れさせても無駄だぞ。俺はTeusみたいに甘くないからな。”



“皆…”



“入り口の前で、ずっと動かず、待ってくれていると思いますから…”








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