279. 港町の略奪者 2
279. Port plunderer 2
不思議だよなあ。脳は、ぴったりと、外界からの刺激に合わせた夢の終わりを形作り、辻褄を合わせようと、脈絡のない物語の終わりを告げる。
遠吠えの連鎖によって目が醒めたような気がしたが。
代わりに、けたたましい銃声によって、俺は瞬時に両目を見開き、四肢に力を込めたのだ。
「……。」
前にもこんな夢を見ていたような気がする。
きっと、俺がその季節を恋焦がれる気持ちが、せめてもの慰めに見させるのだろう。
純白の狼の後を追って、凍てついた雪道を走る夢だった。
彼女の臭いなど、その世界では嗅ぐことも叶わなかったが。
その狼が俺と同じ大きさの雌狼であることが、所詮は醒めた夢であることを一瞬で悟らせる。
違う、俺が、普通の体格の狼に扮している。
まだ、そんな夢を見るのかと呆れるぞ。
彼女が切り開いた足跡で楽をさせて貰う程、俺は弱った覚えが無い。
しかし、腹を擦るほどの深雪を突き進めるだけでも、有難いことだ。
“……。”
やがて連れられ、辿り着いたと分かったのは、彼女が振り向き、俺に目の前の視界を見渡せるようにと脇へ退いたからだ。
そいつは、もう手遅れらしかった。
凍てついて動かなくなった、灰毛皮の狼が、雪山の壁に半ば埋まるようにして、虚ろな目で此方を見ている。
彼の口元には、何かが咥えられている。
吹雪の塗された、一欠片の氷塊と見受けられた。
……。
受け取れば、良いのか?
俺は、そいつの硬直して開かなくなった口元に、自らの鼻先を宛がい、こじ開ける。
牙が喰い込んでいなくて、思いのほか容易く、俺の口の中へと譲り受けられる。
“っ……!?”
その刹那だ。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
唐突な地響きに、俺は頭上に迫る雪崩が迫り来る絶望を目の当たりにする。
“逃げろっ……!!”
如何にも取り留めのない夢では無いか。
目の前に用意された脱出路は、崩れ行く洞穴の先で白光を放つ入り口へと変わっていた。
無我夢中で走り抜けると、無事に逃げ果せたのかも、
もう自分が何処に佇んでいるのかさえも定かではない。
傍らには、白狼の彼女さえいない。
代わりに、牙の間でずっと舐められていた氷塊は溶け、
ぽとりと足元に落ちたそれから取り出されたのは、狼の牙であると分かった。
そうしたら。
ヴァァァァァーーーーーーーン……
Teusが発砲したせいで、耳にこびり付いた銃声が、耳を劈いたのだ。
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「……。」
場内を照らす物見櫓の日陰で、ひんやりとした寝床を享受していた俺は、正午までは調子よくそこで眠っていたのだが。
太陽が真上に昇り、俺からあらゆる影を奪ってしまうと、泣く泣く移住を余儀なくされた。
どうしようか。港町に戻るのも、ちょっと気まずいしなあ。
かと言って、Ska達が居を構えていた洞穴まで行ってしまうと、そこから家路につくのも時間がかかる。
と言うか、完全に日が登ってから移動するのが悪手だ。
とは言え、俺にとってこの島で一番落ち着くのが、きっとあの洞穴なんだろうなあと言う気がする。
今度からは、昼寝の場所は、遠出になるが、きちんと居を構えることにしよう。
そんな訳で、今日だけは、俺は大変居心地の悪さを我慢して、その場で二度寝を試みたのだ。
そうして得られた、浅い眠りが、先の夢の顛末ということになる。
方角は、疑いようもなく、西岸の二人がいる港町だ。
寝惚けた頭は、本当に遠吠えの反響を耳にしたのだろうか。
確かめる必要がある。
そう言えば、Lyngvi島の西岸に座するあの街並みに、特別な名前は付けられていないらしい。
滞在者の好みに合わせて拵えられるという、まさに神の創造の赴くままな歓待であるが故だ。
そういう訳で、あの小都市の切り取った一角を、Teusがミッドガルドで立ち寄ったと言う地名で呼称することになった。
Rishadaだ。
どんな街だったかを、彼はそれ以上話さない。
ただ、此処が、彼女と添い遂げるのに相応しい土地なんだ、と。
彼にとって、そんなに素晴らしい思い出が詰まっているのであれば、幾らか過去の出来事を口から零してくれても良いのだが。
その街であった面白い放浪記を聞かせて貰える機会に恵まれると良いのだが。
後ろめたい記憶が腸のように引きずられ出るのを嫌がるだろう。
もし、本当に、彼らが応えたのだとしたら。
俺の予想は、有難いことに、外れたことになる。
あの通路に張られた網は、俺から仲間を奪う為に、仕組まれたものでは無いということだ。
俺を、TeusやFreya、Skaから引き剥がすことで、特段彼らが危険に冒されなかったように。
彼らもまた、ヴェズーヴァで冬の謳歌に勤しんで、俺を案ずるどころでは無かったのだ。
少なくとも、俺の周囲を狙って、あの入り口を塞ぎ、行き来を困難にしているのでは無いのだ。
ただ、それが解っただけでも、Skaを送り込んだ甲斐がある。
問題は、Teusが、それをどう捉えるかだ。
あいつの正直な反応が見たい。
まあ、取り敢えず、あいつが心配する前に、姿を見せてやるとしようか。
生憎、あれだけ詰め込んだ胃袋も、大口を開けて餌を与えられるのを待っている。
もし遠吠えが俺の気のせいであったならば、静かに夕日が沈む海辺を眺める二人を他所に、黄昏ることにしようか。
全く、群れへの心配は尽きない。




