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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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279. 港町の略奪者

279. Port plunderer


「はーあ…」


「ちょっと、食べ過ぎてしまったか…?」


満腹になりたいという本能的欲求に対し、温暖な気候で食欲の上限が急激に低下した胃袋が、口論を始めている。


腹が減って、死にそうだ。そうやって舌なめずりをして喰らい付いて、丸くなるまで平らげてから。

思ったほど俺の胃袋はそう感じていなかったのだぞと事後申告して来やがった。


確かに、食欲を満たすことは、今の疲弊しきった肉体にとって重要だった。

Teusに零した愚痴は嘘ではない。

喰える時に鱈腹詰め込んでおくことと、地中に備蓄を埋めておくことが両立するほど、恵まれた狼の群れはそうそういない。大抵は、後先考えずに、前者の欲望を満たして眠る。

数日にも渡る大移動の後となれば、猶更だ。


それで、Lyngvi島の東岸に並ぶ港町をちょっと覗くついでに、彼の進言もあって、

味見と言うか。

…舌鼓を、激しく打ってしまったのだ。


悲しい話ではあるが、俺は人間の喰い物が大好きらしい。


別にその通りに陳列されている食べ物の全てが調理済みという訳では無かった。

きっと、極寒の季節には決して口に出来ぬような瑞々(みずみず)しい果実を口に出来て、舌が喜んでいるのに違い無かった。それは理解できる。


Skaにも、ありったけのリンゴを食べさせてやっていたのだろうな。

無論、主人は彼の嗜好を熟知していた筈だ。


だがそれに加えて、あの味付けの濃い人間の料理を、それもTeusよりも遥かに腕前の良い一品が、おかわり自由で陳列されているとなれば、抗い難い誘惑として、俺を転回出来ぬ程に狭いこの通りから抜け出せなくした。


それらは、見た目からして雪国の肉料理とは一線を画しており、ヴァナヘイムでも、アースガルズにも由来しないものであることは、一口で分かった。

この土地、それ自体は、酷く気に入らないものではあったが。

俺は今後の生活の小さな愉しみとして取っておくことすらせず、その全ての味を確かめておかずにはいられなくなったのだ。


それこそTeusの朝食が気に喰わなかったとでも言うように。

俺が真剣に舌で一品一品を転がす様子を見て、Teusが寧ろ嬉しそうにしてくれたのが、せめてもの救いであったように思う。


しかし全然、料理名を言い当てることが出来ていない辺り、神様の現役時代は、今ほどそういったものに興味が無かったんだろう。

これが、Teusの焦がれた港町で良く口にしてきた料理だと言うのなら、どうか自力で作れるようになって欲しいものだ。


きちんと明日には、食料たちが元通り回復してくれる保証なんて、何処にもないのだから。



「俺はもう一度眠るぞ。日中は、出歩けそうにない…」


「うん。気候には、すこしずつ慣れて行ってくれれば…って、どこ行くの?」


「中央の競技場だ。あそこなら、まだ地べたが冷たい日陰で快眠を貪れそうだ。」


「あっ、そう…日没には、帰って来るんだよね?」


「そのつもりでいる。何かあれば、いつものように狼笛を鳴らすが良い。」


「まあ、そんなことにはならないと思うけど。ゆっくり休んで来てね。」




そう。あいつは、例の球戯場に来たがらない。

それ故、俺は安心して、一匹の時間を享受できると言う訳だ。


俺の眠りを妨げるな、と告げておけば、今後も必要に応じて、ある程度互いが必要な時間を捻出できる。


ある程度、日中でも動く元気が出来て来たなら、島内を隈なく探索するとしよう。

その時には、Teusのことも、誘ってやるとしようか。


だがSkaのように、日がな一日、くっついて回るのはごめんだ。

それにあいつは、あいつで、理想の景観に心を潤ませ、一秒一秒を肯定しながら、Freyaと二人きりで過ごす時間が必要だとも思う。


まあ、とにかく今日だけは、食後のだるさと、吐き気と認識したくない気分の悪さを沈める為、快適な昼寝に充てなくては。


というか、もう道中で、心が折れかけてしまいそうだった。

Teusが真冬に身に着ける長ったらしいマントを今此処で着込んでいるぐらいの場違いさを、俺の毛皮は纏っていたのだ。


Skaが一度も根を上げなかったのなら、尊敬の意を表するところだ。


今頃あいつは、本格的に始まった深雪の季節に、尻尾を躍らせているのだろうか。


「いいなあ…」


俺はだらしなく頬を地べたに広げ、そんな子供っぽい羨望を口にする始末だ。


どうして。

どうして俺の切望に反して、この身は理想の土地から離れ去って行ってしまうのか。

青の世界に身を沈めたいと強く願えば、願う程。

俺は益々、愛おしい冠雪の縄張りから遠ざかってしまうのだ。


俺が、抗うような強い意志を神々に示さなかったせいか?

まるで、運命とやらに、引き剥がされているようでは無いか。

心の内では、こんなに苦しい島、一刻も早く抜け出したいと吠えたてている。




「……。」


少し、今朝に起こった出来事を思い返し、眠くなるまで思案に耽るとしよう。

気持ちの悪さも、幾らか紛れて助かる。



「やはり、と言うべきか……?」


Skaは、その往来を、いとも容易くやってのけたが。

やはり、あの方舟には、そういう類の命令が刻み込まれていると見て、間違いない。

俺があの回廊を通過し、向こう側へと至ることを拒んでいる。

俺だけ、だ。


いや。

やはり、と言いつつも。顧みれば、一つだけ、想定外であると言える結果であると思った。


俺がLyngvi島へ到達することを拒むのであれば、こうはならないのだ。

出ていけ、と言えるのだから。

逆方向には、寧ろ向かってくれて助かるのだ。

一方通行の転送路が敷かれているとする無意識な前提は、外れた。


その狙いは、結局何なのだ?


俺の往来を拒む目的は、確かに俺自身を忌む神々の思惑とは乖離しているとだけ分かった。

俺が奇跡的にこもの島へ到達できたのも、彼らのご加護があったと考えざるを得ない。

少なくとも、彼女の助力を、Odinは黙認している。


俺だけを、可逆的に通さない罠の網。


そう。罠である、筈なのだ。

どこかでいずれ、作動する。


どうにか、後手に回らずに済みそうか?



そして、俺が必要以上に滞在を迫って嗅ぎまわった、あの供え物の並べられた市場通り。


あれが、林立する出店を構える商人と、通りを犇めく群衆の、生暖かい(いき)れのようなものだとしたら。あの通りは、ヴェズーヴァとの小さな共通点を有していると思った。

最も、あの土地ほどに露骨な気配は、全く以て感じられなかったが。

死後の世界の営みがヴェズーヴァへと滲み出ているように、あの通りには、ミッドガルドの盛んな日常が垣間見えているのかも知れない。そんなことを想った。


意外と、近くに。



思いのほか、すぐ傍に。

Teusが恋焦がれ、俺が悪くないなと心の隙間を開いた土地は、横たわっているのかも知れない。




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