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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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276. リシャーダの港

276. Rishadan Port


毛皮に熱気が籠って来たかなという時頃に、俺達はLyngvi島の東端へと行き着いた。

鬼の角のようだと形容した北東部の霊山を跨げば、直線距離で半分ほどの行程に短縮出来たように思うが。

流石に二人を乗せて密度の濃い未開の地を踏破するのは厳しかったと言うことにしよう。

あまり揺さぶると、彼女の身体に障るようなことになってもいけない。

敷かれた道を辿るだけでも、十分な輓獣(ばんじゅう)としての価値があるのだ。


“あっ、ほら!あそこですよ、Fenrirさん!!”


“おお……”


視座には物理的な差があったから、前衛を務める彼よりもかなり前に、開け始めた景色の変化には気が付いていたのだが、俺は此処でようやく寝起きのような呻き声を漏らす。


そこには、俺が想像したであろう人間の居住地とは、ヴェズーヴァとは違う意味で、最も離れた世界観が広がっていたのだ。


あそこでの街並みに慣れ過ぎてしまっていたが、真新しい家屋の一群はいやはや強烈な臭いを放つ。


海辺の砂浜から、満ち潮にも触れられぬ距離ほどに建てられたそいつらは、悠久の輝きを放っていた。

鮮やかな白の漆喰は、炎天下には目を潰すほどに眩しかろう。


まさに、彼の為に用意されたと確信してしまえた。

視界いっぱいに、どうにか収まらないだけの規模だけれど。

Teusがミッドガルドで心を焦がされたと言う港町とやらの、風景がこれなのだ。


ひときわ目を焼く、原色で彩られた屋根が、

朱に、青々と茂った緑、砂浜の黄金。

それのどの一つだって、お前の心には何も刺さらない、それが残念でならない。

お前の瞳に捕らわれた冬を、俺が奪えたら良いのに。



どういう訳か、俺の方が、感涙によって目を刺されそうになる。


「ああ……」


ヴァナヘイムでも、人里離れた場所に、彼女の住む小屋はあったと言う。

あれは、二人用なのだと。


南国めいた古木を庇にして、涼むように佇んでいる。

これは、きっとTeusが、あの北岸で、Freyaと一緒に住みたかった新居だ。


此処は、来訪者たちの求める、あらゆる場所であるのだろうか?

まるでヴェズーヴァのような意志を宿した、変容する土地だとでも?


そうだとしたら、神は。

まるで慈悲深かったでは無いか。


そうだとしたら、俺が弾かれた理由はこんなにも明確だった。


どうして気づいてやれなかった。

俺は、口実として利用して貰えて本望だ。


「来るべきでは無かった…」


招かれざる客であると、何故自覚できなかった。

Freyaが、夫と共に見る最後の夢を叶える為に、俺はどんなに後で詰られようとも、Teusの意識から追いやられねばならなかった。


二人だけで良い。

番が愛玩する狼犬が、一匹寄り添いさえすれば良いのだ。


「そうだよね。Fenrirは、こんな所、居心地悪くてやってられないだろ?」


「う、む……」


とんでもない、そんな正直な感嘆を漏らしたいところを、俺はどちらとも取れない鼻鳴らしで誤魔化そうとする。


「どうしたの、Fenrir…?」


「い、いや……」


今の一言で、やはり彼は、俺が無理をしてヴェズーヴァに留まろうとしていることに負い目を感じ続けていたのだと思った。


「昨晩も同じようなことを言ったが、何故此処に留まろうと思わなかったのだ…」



そうだな文句を、一介の森の住民として言わせて貰うならば、

こじんまりとしていて、それがせめてもの人間らしい計らいですよと主張しているように、受け取れるぐらいだろうか。

彼らが好む自然との融和と言うのは、これくらいのものを言うのだろう。


一歩踏み出せば、温厚な大自然の世界が待ち受けている。

その勇気は、こうした牙城の内で育まれるものだ。


皮肉で、そう宣っているのではない。

俺自身の、幼少期の経験から、心から賛同しているのだ。


思い出の公園は、すぐそこに、見渡せるほどの近くにあれば良い。

行ってみたいと思えるのも、怖い思いをしたなら、すぐ逃げ込める安全な洞穴があったからこそ。

また懲りずに情けない夢を見られるのも、居心地の良い、子供部屋があって初めてのことだったのだ。


これだ、これぐらいに、思い切ったもので無くては。

嫌悪感を覚えるどころか、俺は寧ろそんな満足感に気分を良くする予定が。

なんと大きく狂わされたものだろう。


主だった目覚ましい建屋は、それだけであると言うのが、またいじらしいのだ。


「そりゃ、こんな所に、Fenrirはいないからだよ。」


「昨晩も、言ったかも知れないけどね。」


「……。」


「…そうか。」





「そうだな。」





二人の新居を除けば、ミッドガルドにあるべきでない異物は、全て取り除かれるべきだ。

忌々しい臭いを放つ、神の威光の残滓など。


そいつは、モノリスのように、遺物として聳え、

絵画を横切る爪痕のように、景色を台無しにする。



「あれが、ヴェズーヴァにあったことそれ自体、景観を酷く損なっていたよな。」


「もう、見慣れちゃったけれどね。」



見慣れた、そう言うこと自体、毒され過ぎている。

辺の金枠にびっしりと刻み込まれたルーン文字が、朝日を鈍く乱反射する。

対照的に、壁面の漆黒は、不気味なほどに日を貪り続け、日中は異様な存在感を放つと想像できた。



「まだ、役に立つのだよな?」



「うーん、だと思うんだけど…」



「Skaがずっと唸り声を上げて、暗闇の中を見るものだから、碌に調べて無いんだ、ごめんね?」



“Fenrirさんなら、迂闊に近寄らず、到着を待てと仰ると思って。”



“ああ、それで良い。”



流石、伊達に番狼の称号を与えられていない。

二人の身の安全を優先して、これからも動いてくれよ。



「さーて、と…朝飯は、任せたぞ。」


「え…うん。じゃあ、Skaのこと、お願いね?」


「うむ。その為に来たのだからな。」



さて、肝心なところだ。


痕跡を読み取れ。

真意は、俺が望んだ通りか?


それとも、まだ、こいつには、俺の予期せぬ使い出があると?




「まずは…こいつを(つぶさ)に嗅ぎまわるとしようか。」




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