275. 空洞の失策
275. Skyclave Blunder
「うーん、いまいち納得いかないなあ…」
来る明朝、俺達は早々に移動を開始した。
昼頃にのんびりと洞穴を出発するような悠長を許したくなかったと言うのもあるが。
俺自身が、訪れたばかりの温暖な日和に晒されては耐えられまいとの配慮でもあった。
ようやく、俺もお前達の役に立てるらしい。
TeusとSkaを一緒に乗せるのは、正直もう慣れたもので。
それに一人増えようが変わるまいと思っていたのだが。
背中に新しい感覚が芽生えると、案外くすぐったいと感じてしまう。
果たしてSkaを始めて背中に乗せた時も、そうだっただろうか。
それがいつのことであったのかも、正直覚えていないのだが。
しかしFreyaは余りにも軽い。
見慣れぬ地形に感けた脚運びを続けていると、ずり落ちてしまいそうで不安だ。
頼むから、二人とも、しっかりと支えておいてくれよ。
「納得行かなくても、俺はこうして、現地集合させられているのだ。」
道中の会話は、俺に対する不当な扱いで持ち切りになった。
ただの手違いで、俺の名前を記し忘れていましたと言うのなら、余りに脆弱な防御網が透けて見える。
やらかしたそいつは神様の国から追放した方が良い。
というか、要人に対して同じような真似をしてみろ。誇張なく処されるのでは無いか。
「つまり、Fenrirに対してのみ行われた、その例外処理って奴のせいで、君は此方の来ることが出来なかった、と…?」
間違いなく、故意によるものだ。
その意図を探ることは、きっと有益な手掛かりになる。
「妨害されたってこと?」
「…でもそれって、意味わからなくない?」
何なら俺とFreyaなんて、お誘い併せてって言うので着いて来てる立場なんだよ。
どうして主賓の君が、弾かれるようなことになるのさ?
「その通りだとも。だからこうして、お前に心当たりが無いか問い質しているのだ。」
「そりゃ何にも聞いてないよ。当たり前だけど。」
ねえ、Ska。などと話を振るのに、どんな意味があるのやら。
とは言え、一緒に考えてくれているそうなので、これは良い道中の暇つぶしだ。
「Odinが、君だけ現地集合にさせるなんてこと、あるかなあ…?」
「あのトンネルを通って、FenrirがLyngvi島へ至ることで不都合が生じるとして、それは誰だろう…?」
Teusが愚問に首をかしいだので、俺は吐き捨てるようにぼやく。
「俺がLyngvi島に来て欲しくない奴なんて、この世にごまんといるだろう。」
幾ら正式な招待状を受け取ったからと言ってもだ。
やはりというべきか、このLyngvi島は貸し切られているようじゃないか。
俺のせいで、一体どれだけの要人が、割を食わされているか。想像に難くないだろう。
「えー…だからって、そんな子供染みた嫌がらせする?」
「そう煽ってやるなよ。俺だって、申し訳ないと思っているのだぞ。」
「別に死ぬほど長生きしてる連中が、一年くらい滞在のタイミング逃したくらいで、ぎゃあぎゃあ五月蠅いんだよ…」
「Teusっ……」
流石に口が悪いぞと窘める。
「でも、まあこうして辿り着けたってことは、良いんじゃない?Odinはちゃんとその手違いを認識してるって、君を此処まで誘導してくれたってことでしょ?」
「うん?まあ、そう言うことになるのか…?」
俺も実際、自分でも良く分からないような経路を経て此処まで辿り着いたことを思い出していた。
Teusにも掻い摘んで話したのだが、これも、Odinの導きによるものだったというのは、どうにも納得がいかない。
「そうだよ、きっと。」
「……。」
俺には寧ろ、自分に味方する意志が手を差し伸べてくれたように思えていたから。
なんて言っても、そんな根拠は何処にもない。従ってTeusの主張に反駁することはせず、黙ってその場を流すことにした。
“よし、此処からは、頼んだぞ…”
“はい、まかしといて下さいっ!!”
例の球技場まで戻ったなら、いよいよSkaの出番だ。
ゆっくりと腰を降ろす間にも、元気な肉球の感触が耳の間で足踏みをしている。
俺を先導できることが、よっぽど嬉しいらしいな。
「此処も、思っていたよりは…何というか、風情が無いんだな。」
Skaが鼻先から飛び降りるのを待つ間、何の気なしに、Teusへ率直な感想を投げかけてみる。
「そう?初めから俺は、あんまり面白く無いように伝えたつもりなんだけど。」
「それは、お前の感想が多分に含まれていただろう?」
嫌な思い出が、お前を此処から遠ざけているだけだと思っていたぞ。
「…観光案内は、頼めそうにないな。」
「興味あったんだ。」
「こんな温かくて、雪の降らないような所…今すぐにでも帰りたいと思ってたよ。」
「……。」
ちょっと間が空いてしまっただけで、もうどうしようも無い。
「ありがとうね。俺がもっと、楽しまなくちゃ行けなかった。折角、連れ出してくれたのに。」
「そんなことは言って無い…俺はただ…」
「Fenrirの方から誘ってくれる旅路なんて、それだけで素晴らしいに決まっていたのに。」
「……。」
「良い滞在になるように、俺も頑張るから。いっぱい思い出つくろう?」
「……。当然だ。」
なんと言うか、残念だった。
考えることは、互いにさして変わらないのか。
「まあ、見ての通りさ。人が集まれば、結構な盛り上がりになっていたんじゃない?」
「…でも本当に何も知らないに等しいんだ!…Fenrirと同じぐらいにね。」
所縁のある地なのかも知れないよ。
何処か探してみたら、沿革を刻んだ石板が埋められているのかも。
「ああ…落ち着いたら、散策にでも付き合ってくれ。」
「勿論さ、ね、Freya?」
そうだ。後は、頭上でのやり取りを続けておいてくれ。
“Ska、少しスピードを上げて貰えるか。薄明には辿り着いているとありがたい。”
“承知致しました、間に合うよう調整します。”
“うむ、頼んだぞ。”
「…うん。此処で狼たちが楽しく遊んでいる所を見られるのなら、確かにずっといても良いかもね…」




